B-2のトークセッションのテーマは「SDGs・ESG経営の鍵」。『日経ESG』の藤田香氏の司会の下、「企業や町の価値を向上させ、ESG投資を呼び込む鍵とは何か」を巡って活発な議論が交わされた。
まずは英国の金融シンクタンクNPO「プラネット・トラッカー」が2019年9月に発表した報告書『パーフェクト・ストーム』に基づき、マシュー・マックルキー氏が、日本の水産大手41社の持続可能性リスクについて概観。「日本の水産業の漁業生産量は90年代にピークを過ぎ、2017年には20年前の3分の1以下に激減。20世紀中盤には世界の20数%を占めていたが、現在はわずか2%にすぎない」と語った。一方、投資の観点から見ると、日本の水産業は①世界的な過剰漁業、②競争激化、③気候変動、④操業の非透明性、⑤業界のコストの非効率性、⑥国際会計基準への対応の遅れ、⑦漁獲のトレーサビリティの欠如、という7つのリスクを抱えており、これらが投資のブレーキ要因になっている。では、日本の水産業がより多くの投資を呼び込むためには何が必要か。それは、「漁業の生産・調達のサプライチェーンに関する完全なトレーサビリティを提供」し、「船上モニタリングを行って投資家が求めるデータを提供し、透明性を高める」ことだという。投資を呼び込むドライバーとなるのは「サステナビリティ」と「国際会計基準の適用」であり、「水産企業がいかにサステナビリティを達成しているかを、会計報告を通じて明らかにすることが重要」とマックルキー氏は提言した。
続いて登壇したのは、りそな銀行の松原稔氏。松原氏は、年金を運用する機関投資家としての立場から、水産業におけるESG経営の重要性について語った。「企業が短期的な乱獲によってリターンを挙げると、外部不経済性が生じる。企業にとって重要なのは、常に自然資本を維持しながらサステナブルに繁栄すること」と松原氏。現在、同行ではパーム油や海洋プラスチック問題で企業とのエンゲージメント(対話)を行ってリスク管理に取り組み、企業が外部不経済性を克服するためのサポートを行っているという。「来年度からはサステナブル・フードサプライチェーンというテーマを深堀りしていきたい」と松原氏は語った。
3人目のスピーカーは大和総研の河口真理子氏。「水産業は日本では衰退産業だが、世界的には成長産業。魚介類は、肉に変わる健康的なたんぱく源として期待されている」と河口氏は言う。日本の水産業は豊富なノウハウを持つだけに、「意識や発想を変えて生産性を向上させ、持続可能な漁業を実践すれば、金融面で莫大なチャンスを生み出す可能性がある。ただし従来の方法ではダメで、それをどう変えるかが今後の課題」(河口氏)。さらに、かつては全国津々浦々で中核の産業であった水産業が再生すれば、それは地方創生の鍵になるという。「その意味で、地方の金融機関が果たす役割は大きい。中小の水産業に対して、ビジネスチャンスがあるということを見せつつエンゲージし、日本から世界へと広げていくことが、独自のESG投資を展開するチャンス」と持論を語った。
一方、小売業としての立場から、サステナブル消費の拡大に取り組んでいるのが楽天だ。眞々部貴之氏によれば、楽天は1997年、「もし地方のシャッタ―街の店をネット上に持って行けば、銀座の中心に店を開くのと同じ効果が得られるのではないか」との思いから、Webショッピングモール「楽天市場」を開設。その創業精神をさらに突き詰め、2018年「EARTH MALL(アースモール)with Rakuten」をオープンした。これは、サステナブルな商品やサービスを集め、MSCやASC、FSCなどの認証ラベルなどから商品を探せるようにしたもの。その取り組みが高く評価され、楽天は世界の主要なESG指数の構成銘柄として選定されるに至った。「サステナブル消費の取組みを行い、それを伝えていくことで、市場からも評価される時代になりつつあると実感しています」(眞々部氏)。
続いて、セッション後半は登壇者によるパネルディスカッションが行われた。「投資家は経営の安定性を重視するので、サステナブルな生産が確保できている企業に魅力を感じる。経営実態はどうか、水産業の供給をいかに守ろうとし、そのために何をしているのかを、適切に伝えることが重要です」とマックルキー氏。一方、河口氏は「発想の転換」が重要だと語り、「これからは旧態依然としたやり方ではなく、『どうすれば資源生産性を高め、かつ漁師が利益を得ることができるのか』と発想を切り替えることが大事」と提言した。同様に「全国津々浦々の漁業へのケアが大切」と指摘したのは松原氏。「上場企業の話に終始しては、地方創生はうまくいかない。地域の発展のためにも、この問題を採り上げていく意義は大きい」と述べた。最後に「ネット通販が店頭販売と違うのは、ストーリーをしっかり伝えられること。生産のプロと販売のプロが連携して、魚にまつわるストーリーをいかに消費者に伝えていけるかが鍵」と楽天・眞々部氏が発言。熱気あふれるディスカッションに、聴衆も真剣に聞き入っていた。
藤田 香
ファシリテーター
日経ESG編集 シニアエディター& 日経ESG経営フォーラム プロデューサー
魚の街、富山県魚津市生まれ。東京大学理学部物理学科を卒業し、日経BPに入社。「日経エレクトロニクス」記者、「ナショナルジオグラフィック日本版」副編集長、「日経エコロジー」編集委員などを経て現職。富山大学客員教授、聖心女子大学非常勤講師。ESG経営やSDGs、生物多様性・自然資本、地方創生などを追っている。環境省のSDGsステークホルダーズ会合委員や自治体の有識者委員なども務める。著書に『SDGsとESG時代の生物多様性・自然資本経営』など。
マシュー・マックルキー
スピーカー
プラネットトラッカー リサーチ ディレクター
コンサベーション・キャピタルの元主要メンバーでもあり、機関投資家市場のためのファイナンス・投資経験など幅広い経験をもつ。欧州投資銀行、各種財団、ファミリーオフィスなどの機関投資家向けに、アフリカおよび欧州での投資、助言プログラムを率いてきた。
松原 稔
スピーカー
りそな銀行 アセットマネジメント部/グループリーダー
1991年4月にりそな銀行入行、年金信託運用部配属。以降、投資開発室及び公的資金運用部、年金信託運用部、信託財産運用部、運用統括部で運用管理、企画を担当。2009年4月より信託財産運用部企画・モニタリンググループグループリーダー、2017年4月より現職。 2000年 年金資金運用研究センター客員研究員、2005年 年金総合研究センター客員研究員。 JSIF (日本サステナブル投資フォーラム)運営委員、環境省「持続可能性を巡る課題を考慮した投資に関する検討会」委員、投資家フォーラム運営委員(-2016. 7)、持続可能な社会の形成に向けた金融行動原 則運用・証券・投資銀行業務ワーキンググループ共同座長。 日本証券アナリスト協会検定会員、日本ファイナンス学会会員
河口 真理子
スピーカー
株式会社 大和総研 調査本部 研究主幹
一橋大学大学院修士課程修了(環境経済)。大和証券入社後、94年に大和総研転籍。2018年12月より大和総研調査本部研究主幹。担当分野はCSR・ESG投資、エシカル消費などサステナビリティ全般。アナリスト協会検定会員、早稲田大学非常勤講師、国連グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン理事、NPO法人・日本サステナブル投資フォーラム共同代表理事、環境省中央環境審議会臨時委員(2018~)著書「ソーシャルファイナンスの教科書」生産性出版、など。
眞々部 貴之
スピーカー
楽天株式会社 サステナビリティ部 シニアマネージャー / 楽天技術研究所 未来店舗デザイン研究室
NGO、総合シンクタンク研究員を経て2015年より楽天グループのサステナビリティ戦略策定、ESG情報開示のほか、ステークホルダーと連携したソーシャルイノベーションの創出を担当。2018年からは、「未来を変える買い物を。」をテーマとしたウェブメディア+マーケットプレイス「Earth Mall with Rakuten」を楽天市場内にオープン。消費者、楽天市場出店店舗、他企業、大学等と連携し、消費者がMSC、ASC、FSC、RSPOなどの認証商品や、持続可能な社会づくりに繋がる商品をインターネットショッピングで買える環境づくりに取り組んでいる。技術士(環境部門、森林部門)。信州大学農学部卒、東京大学大学院新領域創成科学研究科修了。