TSSS2019

P-10 他人ごとではない、自然資源と食料システムを支える投資

P-10 他人ごとではない、自然資源と食料システムを支える投資

「持続可能な水産物」のテーマは水産業界の枠を超えて社会全体に広がる。それを象徴するのがトークセッション4本目で取り上げられたESG投資だ。パネリストには、SDGs目標達成に向けた主要企業のパフォーマンスを評価する、WBA(ワールド・ベンチマーキング・アライアンス)事務局長のゲルブランド・ハーフェルカンプ氏と、大和総研 調査本部・研究主幹の河口真理子氏、三井住友トラスト・アセットマネジメント スチュワードシップ推進部 シニア・スチュワードシップ・オフィサーの川添誠司氏。司会は日経ESGシニアエディターの藤田香氏がつとめた。

 

各業界トップ企業2千社の評価を公開する、WBAベンチマーク指標

司会の藤田氏はまず、ESG投資家の視線が気候変動から水、森林へと広がり、水産資源にも及びつつあることを指摘。2018年に設立されたWBAで、さまざまなベンチマーキングの中でシーフード業界の評価を取り入れていることに注目し、ハーフェルカンプ氏にマイクを渡した。

アムステルダムとロンドンを拠点とするWBAの役割は、SDGs達成に向けて主要企業が及ぼす影響を評価することだ。変革が必要と考えられる各分野で特に大きい影響力を持つ企業2000社を評価し、結果を公開している。人権問題、ジェンダー、サプライチェーンなど多方面から企業活動を洗い出していく中で、水産業も俎上に上がる。

水産企業はSSI(シーフード・スチュワードシップ・インデックス)という独自の指標によって評価される。大きく「ガバナンス・サプライチェーン・生態系・人権と労働条件・地域社会」の5分野、13項目の評価指標をハーフェルカンプ氏が紹介した。

 

 

現場が見えにくい水産業、網の目のようなサプライチェーンがガバナンスを阻む

評価にあたってはシンプルでわかりやすいベンチマークをめざしたと言う。全体としては多くの企業がサステナブルを目標に掲げているが、水産業独特の複雑さゆえに管理がなかなかうまくいかない現実も見えてきた。

2015年にAP通信の報道したタイ漁船での強制労働が大問題になったこともあり、ほとんどの水産企業はIUU(違法・無報告・無規制)漁業に対策を講じているが、なかなかサプライチェーンのすみずみまで目が行き届かない。全体にトレーサビリティの確保と、FIP(漁業改善プロジェクト)などの動きをスケールし、業界全体へと広げていくことが課題だと説明した。

この評価について「CSR/ESG投資の専門家の目から意見を」と促された大和総研の河口氏は、自身の水産資源問題との出会いから話を始めた。

2013年に初めて、アメリカでのサステナブル・シーフードのイベントにCSRの専門家として参加したときは、河口氏も「CSRと魚に何の関係があるのか、意味がわからなかった」。魚のことならアメリカ人より日本人の方が詳しいのに、と。しかし聞くと水産資源はどんどん枯渇していて、世界では資源管理が進んでいるのに、日本では何もしていない。日本人は魚好きを自認しているのに、という大きな矛盾。そしてこれはCSR的にも重要なトピックで、投資家にも市民社会にもアピールしていかなければならない、と気づいた。

環境保全への意識も取り組みも「海と陸には大きなギャップがある」と河口氏。水産の現場は関係者以外には見えづらい。「SSIインデックスの意義は、そのギャップを埋めること」だと答えた。

 

 

これまで見過ごされてきた、自然資本の「資本の健全性」

WBAで取り上げている水産企業は350社、そのうち主要プレイヤーとされたトップ30社の中の6社、実に5分の1が日本の企業だ。世界の危機感が高まる中で、日本企業の責任は重い、と河口氏は語る。

これまでESG投資の中では気候変動や女性活躍への関心が高かったが、「投資家の集まりで魚の話をすると全員が興味を持つ」。生物多様性が大事と話しても響かなかった人も「魚がいなくなる」と言えば食いついてくる、と河口氏。

ESG投資の規模は世界で3千3百兆円(2018年)、日本でも230兆円で、日本では2016年から18年の2年間で4倍に増えている。規模の拡大とともに取り上げるテーマも増え、自然資源もそのひとつとして浮上している。

自然を資本ととらえれば「投資家や金融機関としては、資本の健全性をチェックするのは当然」、と河口氏。なのに自然資本のチェックは今まで盲点だった。5点満点で最高でも2.7というSSIインデックスの数字には、それが明白に表れている。

 

 

ESG投資のフレームワークに乗る、企業の全体を評価する情報が必要

続いて三井住友トラスト・アセットマネジメントの川添氏が「SDGsへの関心は高まっているが、海洋環境問題への金融機関のアプローチは比較的最近の動き」と説明した。

海洋のスチュワードシップ推進のフレームワークとして、川添氏は3つのステップを挙げた。ゴールの設定、ゴール達成のための行動基準、そして施策だ。ゴールはこの場合SDGsの14番、行動基準はブルーエコノミー原則などのプリンシプルだ。

2018年にメキシコで開催された国際海洋サミットでは、民間資本のコミットメントを目的とした2つの原則を発表している。ひとつが持続的ブルーエコノミー原則、もうひとつが持続可能な天然水産物の漁獲への投資原則だ。

ゴール達成のための施策は、自社内あるいは業界横断でのエンゲージメント活動だが、そのためにはツールが必要だ。MSC、ASCをはじめとした水産物の国際認証システムもあるが、これらは企業全体を評価するものではない。そこでSSIのようなレーティングシステムを取り入れることが標準化している、と述べた。

 

 

金融業界はもちろん、誰もが気にすべき、水産業にひそむリスクと可能性

「SDGsへの関心が高まる中で、シーフードに関する情報も増え、投資家や消費者の意識も変わりつつある」と司会の藤田氏。日本マクドナルドがフィレオフィッシュのパッケージにMSC認証マークを表示し始めたのは象徴的な出来事だ。小中学生も日常生活の中で水産資源の持続可能性を意識することが普通になってゆく。

そんな中、WBAの位置づけは? あらためて問われ、ハーフェルカンプ氏は「ポイントは公開性」と説明した。

今までのリサーチの多くは、見えないところで行われていた。しかしWBAは「企業のパフォーマンスをランキングし、これまで公の場で比較できなかった情報が見えることを大事にしたい」と強調した。「我々は誰もが労働者であり、消費者である。自分の年金の運用投資先を気にする人はほとんどいないが、今後はそれを可視化する必要がある」。それは金融業界だけでなく、市民社会全体にとって重要なことだ、とハーフェルカンプ氏。

水産業は途上国が関わって大きな価値を生み出している産業であり、その分リスクもある。産業の規模は他と比較すれば小さいが、だからこそ投資家が介入することで、水産業をきっかけに食料システム全体を変革できる可能性がある。

 

 

食糧問題としての海洋問題、日本が放置してきた現実に向き合うために

日本人は水産資源の現状に大きな責任を負っているにもかかわらず、それを認識してこなかった、これは日本の社会全体が抱えるリスクになる、と河口氏。「WBAのランキングのような形で白日のもとにさらされて、改めて大きなリスクを放置してきたことに驚く。人権問題も日本では比較的新しい話題だが、他人事ではない」と警鐘を鳴らした。

川添氏も「今、持続可能性の中でもいちばんのテーマは気候変動だが、なぜそれが問題かというと、人間社会の根幹をなす食糧問題につながっているから」だと述べた。食は常に大きな課題だが、今までは投資の中でのツールとして、企業全体を把握できるものがなかった。それを公的な場で見えるようにした意義は大きい、とWBAを評価した。

WBAのSSIランキングの中でも、日本の水産企業のスコアは決して高くない。その問題点を尋ねられてハーフェルカンプ氏は共通の課題を2つ挙げた。

ひとつは水産業に限らず、市民社会からの視線に不慣れで、情報開示の文化を持っていないこと。これは今までラッキーだったとも言える、とハーフェルカンプ氏。「SSIが高スコアの企業は、過去に手ひどい批判を受けて学んだ会社だから」。

もうひとつは水産業特有の業務構造だ。「子会社などの膨大なネットワークに依存し、方針やガバナンスが末端まで行き届かない」。

 

 

「科学を行動に変える」ために必要なのは、情報を伝わる形にして公開すること

ひるがえって金融・投資家から見ると、どんな開示の形が有効なのか? WBAのベンチマークはどのように活用されうるのか?

川添氏は「非財務情報の開示のあり方で大事なのは透明性」と強調した。ガバナンス、課題への取り組み、それに対するKPIなどを、たとえばTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が掲げるような枠組みの中で開示していくことが重要だと言う。

これを受けて河口氏は「TCFDはカーボンに注目しているが、トピックをカーボンからシーフードに変えても使える」。それを念頭に置きつつ、企業としては「自社のマテリアリティが本当は何なのかを考える必要がある」と釘を刺した。TCFDは流行のようになっているが、それだけやっていればいいというものではない、と。

「ツールはいろいろある。WBAのベンチマークもそのひとつ」とハーフェルカンプ氏が加えた。海洋や水産資源についての科学的情報は存在しているが、それを投資家に通じるように翻訳する必要がある。その仕事が重要だ、と自分たちの役割を説明した。それがあって初めて「科学を行動に変えることができる」と。

 

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