TSSS2019

P-11 ソフトのレガシーがオリンピック後の社会を変える

P-11 ソフトのレガシーがオリンピック後の社会を変える

最後のトークセッションは、東京五輪とそのレガシーを取り上げた。オリンピックイヤーが目前に迫る中、日本はサステナブル・シーフードに関してどんな姿勢を見せ、オリンピック後に何を残していくのか。パネリストにはサステナブル・シーフードを先導するMSC(海洋管理協議会)からチーフ・プログラム・オフィサーのニコラ・ギシュー氏、オリンピック公式パートナー企業でもあるパナソニックからブランドコミュニケーション本部 CSR・社会文化部 部長の福田里香氏、そして今回東京五輪のサステナブル調達コード策定に携わったロイドレジスタージャパン取締役の冨田秀実氏が登壇。シーフードレガシーの花岡和佳男が司会をつとめた。

 

ロンドン五輪後の6年間で、サステナブル・シーフードは大きく成長した

2012年ロンドンオリンピック・パラリンピックは「五輪史上最もサステナブルなオリンピック」と言われた。しかし「オリンピックは重要だが、ひとつのステップでしかない」とギシュー氏。「サステナブル・シーフードが大きな成長をみたのは、むしろオリンピック後だった」と言う。

実際、イギリスでは2012年から2018年の6年間で、MSC認証水産物が4万トンから15万トンへと大きく伸び、「メインストリームへ躍り出た」。この成長にはいくつかの理由がある、とギシュー氏。

まずイギリスで多く消費されるタラやサバなどの魚種で、MSC認証品が増えたこと。またMSC、ASCなどの活動もあって、エシカル、サステナブルといった視点に対する消費者の関心が高まったことを挙げた。消費者の関心があることで、企業が取り組むモチベーションを支え、選択肢が増え、導入もしやすくなる。

日本でも同じような流れは起きうる、とギシュー氏。日本でもMSC認証品は2016年から5倍に増え、企業のコミットメントも増えている。急速に認知が広まるSDGsの影響も大きい。

ロンドン五輪の経験からギシュー氏は「流れがオリンピック・パラリンピックで終わらず、むしろその後に大きく盛り上がることが重要」だと述べた。

 

楽しく、美味しく「食べるだけで貢献」から出発することで、全国へ、世界へ広げたい

続いてパナソニックの福田氏が紹介した同社の活動では、サステナブル・シーフードを含む社会課題について、事業活動と企業市民活動の両方から取り組んでいる。企業市民活動としてはSDGs、特にグローバルな貧困の解消を大きな目標に、人材育成、機会創出、相互理解の他、環境保全に取り組み、サステナブル・シーフードもそのトピックのひとつだ。

もともとパナソニックは長く環境問題に取り組み、WWFジャパンとも20年にわたり協働してきた。その中で近年、社員食堂へのサステナブル・シーフード導入が大きな話題になっている。

その直接のきっかけは、南三陸の震災復興支援だった。支援していた南三陸のかき養殖が、日本初のASC認証を取得した。しかし持続可能な水産物を支えるには、出口となる消費が必要だ。パナソニックには国内だけでも10万人以上の従業員がいる。この数を力にできるのではないか。みんな忙しくてもお昼は食べる、食堂メニューにあれば「食べるだけで貢献できる」。

背景には、30年以上続くオリンピックの公式パートナー企業として2020年のレガシー作りに貢献したい意志があり、またパナソニック自身が2018年の創立100周年を機に社員の社会貢献活動を増やしたい考えがあった。社員食堂をきっかけに意識したことが日常生活へ、家族や周囲の人へと広がることで、広く日本の消費者を変えられたら、という可能性まで視野にあった。

ただ実行に移すとなると問題は山積だった、と福田氏。給食会社、その上流にいる加工会、供給元まで一貫した管理がいる。その前にまず総務部門など社内に説明を行い、納得して協働してもらう必要があった。

パナソニックの従業員食堂は全国に約100ヶ所、うち現在25拠点でサステナブル・シーフードのメニューを提供している。食堂のメニューで選ばれる喫食率は20%あれば高い方だが、これまでサステナブル・シーフードのメニューは最大50%超えを記録している。今後は自社内での拡大だけでなく、「他社でも同じ苦労、同じ課題に直面するはず」、だからネットワークをつくって協力したい、と福田氏は述べた。

 

オリンピックそのものより、その後に引き継がれる「ソフトのレガシー」が重要

ロイドレジスターの冨田氏は、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会による「持続可能な調達ワーキンググループ」のメンバーとして、調達コードの策定に携わってきた。

調達コードは、組織委員会への納入品と、ライセンスによりオリンピック・パラリンピックのロゴを使う商品が対象となる。全対象品が満たさなければならない、法令遵守や人権への配慮などの「共通基準」と、紙、木材、水産物など特定の対象物に適用される「個別基準」があり、基本的な考え方は2012年のロンドン五輪から踏襲されている。

オリンピックなどの大きなイベントは「それ自体は決してサステナブルなものではない」と冨田氏。むしろ期間中は環境に対して、大きなマイナスのインパクトを与える。そのマイナスを取り戻せるくらいのレガシーを生まないと、本当に持続可能な貢献とは言えない。

ではレガシーとは具体的に何か。「わかりやすいのは後々まで使える建物などハードのレガシーだが、大事なのはむしろ、しくみなど形のないソフトのレガシーだ」と冨田氏は述べる。

「ロンドン大会では、オリンピック・パラリンピックそのものよりも、後になってそれをきっかけに病院や学校など公共セクターが積極的にMSC認証品を導入したことが大きかった。こうした波及効果こそがレガシー」。しくみが横に展開していくことが肝心で、東京都や国、公共セクターを中心に、調達コードの内容をいかに引き継いでいけるかが問われる、と強調した。

 

問題の周知によって、消費者の意識を変え、ビジネスの自信を支える循環をつくる

ではその、本当のレガシーにつなげるには? ロンドンでは何がきっかけで「五輪後の加速」が起きたのか?

「イギリスでは、持続可能な魚種の増加がポイントだった」とギシュー氏が答えた。「日本でも同じことが考えられる。ただ、日本の市場規模はイギリスの6倍でポテンシャルも高いが、魚種が多く問題が複雑な難しさもある」。

その中でカギとなるのは、ひとつが「ビジネスの自信と信頼」だとギシュー氏。また消費者意識の変化だ。それがイニシアチブを増やすことにもつながる、と述べた。

現在日本でもMSC認証品の量は着実に増え、漁業法も改革が進み、期は熟しつつある。その中での手応えを問われて、パナソニックの福田氏が答えた。

「実感としては、まだ始めたばかり」としつつ、率直に「知らなかった」「美味しかった」「食べることで社会貢献できると思うとちょっとうれしい」といった感想を受け取ると言う。サステナブル・シーフードは「食べるべし」ではなく、楽しく美味しいものでなくては根付かない。だから「単に魚のマークがかわいい、といった感想もあるが、そこからのスタートでいいと思っている」と福田氏。

一方、冨田氏は「全体として関心が高まってきているのは事実」としつつ、消費者がサプライチェーンのサステナビリティを意識して行動する比率は、英米と比べて10~20ポイント低い、と指摘した。

話題がもっとマスメディアに出れば、認知も広がる。買う人も増え、それがビジネスの自信につながる。今はまだ、早くから取り組んでいる企業がなかなか初期負担へのリターンを得られない状況だと言う。「定着すればちゃんと利益は出る。その意味では消費者の意識が起点かもしれない」と語った。

ではどうすれば認識は高まるのか? ギシュー氏は「解決に取り組むには、まず問題があることに気づかなければならない。これが日本の課題では?」。魚が減って値上がりすると、やっと議論が始まる。自身の母国フランスでも、クロマグロの減少がきっかけとなって、大統領がコメントするなど水産物問題への認知が広がった、と答えた。

 

関係なさそうなこともつながっている。さまざまな活動の連携が大事

パナソニックのように「経営理念の中に社会貢献という言葉がある」企業でも、各部署や海外拠点の責任者といった関係者への説得は欠かせない。そうした活動がもっと困難な企業も多い。

しかし冨田氏が指摘したように、「SDGsのゴールはそれぞれが単品ではなく、互いに密接にリンクしている」。一見、魚とは接点のない企業でも、まわりまわって本業の活動が「海の豊かさ」につながっている。水産業に直接関わらない企業を含め、さまざまな活動をいかにつなげていくかがカギ、と述べた。

社員食堂にサステナブル・シーフードを入れるには、外部にも多数の関係者の協力がいる。その協力者たちは同時に、他社へ活動を広げられるネットワークでもある。つなげ、広げることで、レガシーを作っていけるのでは、と福田氏が加えた。

「今日のシンポジウムのような場は、日本にとって大きなきっかけになるだろう」とギシュー氏。「情報を、アイデアを共有し、協力していくことが大事。それによって、この国のポテンシャルを発揮していくことができるだろう」。司会からも「ネットワークを生かし、ワンチームとして先へ進めた成果を、また来年もここに集まって共有したい」と締めくくった。

 

 

 

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