世界で養殖が生産量を伸ばす中、客観的審査を経た水産認証ラベルが持続可能性の指標となっている。しかし日本には国際認証の取得が難しい生産現場もある。ここではASC認証の運営者と利用者が課題や展望を話し合った。
世界でASC認証を取得した養殖場は、ここ1年で40%増えて39カ国1128カ所となり、特にエビ、サケ、パンガシウスが多い。ASC認証の基準は品種ごとに異なる。現在、計12種類に設定されており、日本で養殖が盛んなサケ・マス、カキ、ブリ、マダイなども含まれるため、国内のASC認証取得者数は63になった。MSC認証と共通のCoC認証の取得者は国内130社となり、1年で倍増した。ASCジャパンの山本氏は、「SDGs関連のコミットメントを発表する企業が増え、世の中が変わってきている」と述べた。
宮崎県の沖合で育てたブリを年間163万尾ほど出荷する黒瀬水産は、基準策定から参画したブリ・スギ類のASC認証を、2017年に世界で初めて取得した。同社の福嶋氏は、その効果について「環境把握に能動的に関わり細かく漁場の特性が分かってきた。また、ASC基準に則り地域と年2回のディスカッションを行い、より理解し合い共存できるようになった。限定的ではあるが需要が増え、輸出拡大の一歩も踏み出せた」と語った。2019年に欧州で商談した時、量販店と水産加工会社の3件のうち2件の第一声が「ASCは取っているか」だったことに衝撃を受けたという。
しかし、「全部の魚を認証品にはできない」ため需要に見合う供給は難しいと福嶋氏は語った。ブリが有効なワクチンのない病気になれば、魚病拡大を避けるため投薬せざるを得ないが、日本で合法な薬がASC基準には適合しないからだ。
ASCジャパンの山本氏は「基準は作成後5年以内に修正する。特別な場合の基準適応外も認めている。しかしWHO(世界保健機関)に沿った基準を、日本の法律に合わせて緩めることはない。ブリ基準作成時のようにプラットフォームを設置して、製薬会社などを含む関係者が横につながって解決法を探すのが重要だと思う」と語った。
飼料メーカーのスクレッティング・ジャパンの濱崎氏は、ASC認証が求めるトレーサビリティーの深度について語った。原料の魚粉の魚種はもちろん、どういう海域で、どんな漁法で獲れたものか。さらには「今は豊富でも多用すれば将来性はない」ため、その資源状態まで問う。植物性の原料でも、熱帯雨林を伐採していないといった証明が必要だ。同社は、サステナブルな栽培法の植物を限定して買い、動物性の原料についても、鶏の羽や足や頭や内臓など、人の非可食部を使う飼料の研究開発を進めているという。濱崎氏は、「11月に東京でシンポジウムがあっても養殖業者はほとんど来られない」ため、シーフードレガシーらと共催で2020年2月に福岡で開く「アジアサステナブル養殖シンポジウム」を紹介し、「(サステナブルな養殖の)ニーズの高まりを飼料メーカーに直接聞かせたい」と述べた*1。
また、ASC認証の監査に立ち会い取得までのプロセスを知った同社は、養殖改善プログラム(AIP)の支援も始めている。濱崎氏は「ブリの養殖に2年はかかるため、ASC認証を取得するのにも3、4年はかかる。(取得に向けて)頑張っている養殖場の魚を選択的に買う人がいれば、モチベーションを維持できると思う」と語った。
宮城県南三陸町では東日本大震災の津波被害後、2012年に水産庁の「がんばる養殖復興支援事業」の補助金を受け、カキ、ワカメ、ホタテを養殖する96人の組合員が1グループとなった。宮城県漁協志津川支所戸倉出張所長(当時)だった阿部氏は、「漁師は皆それぞれが社長だから3人集まると揉めるのではと言われた。毎日のように話し合ったけれど、実際、大変だった。カキ部会では、いかだを1,000台から300台に減らすため、これまでの漁場配分を白紙に戻し、後継者にも配慮したポイント制を導入した。漁場配分の白紙化には大ブーイングが起きたが、後藤部会長のリーダーシップもあって始められた」と語った。年間約100回の代表会議を重ね、「南三陸 戸倉っこかき」は日本初のASC認証を取得した。
過密養殖が解消したことで3年かかっていたカキが1年で収穫可能になり、品質も向上した。震災前に1経営体あたり1,790kgだった生産量が約2倍の3,545㎏になり、いかだ資材の経費は削減されて所得が増えた。78人いたカキ部会員は震災を経て34人になったが、労働時間は1日6時間に減り、若い人が加入して30代以下が8人から18人に増えた。阿部氏は「認証取得を機に、何より漁師の生活と意識が変わった」と話した。この変革は高く評価され、2019年には「第58回農林水産祭天皇杯」を受賞した。阿部氏は、「志津川湾のワカメやホヤ、ホタテ、ギンザケ、できればすべてにASC認証を」と意欲を示した。費用について問われると、「1回目の取得費用は、環境に配慮した町づくりを推進する南三陸町が出してくれたが、心配なのはお金だけでなくて長い付き合い。専門家の継続的なサポートをお願いできれば」と期待を述べた。
登壇者たちは、養殖の持続可能性を確認するツールとしてASC認証の認知度向上を望み、濱崎氏は、「一番力があるのは(流通の)川下なので、ぜひ支援と啓蒙を」と強調した。
(本ブログに掲載されている数値は2019年11月時点のものです)
*1 本イベントはコロナウイルスの影響により開催中止となりました(2020年2月時点)
前川 聡
ファシリテーター
WWFジャパン 自然保護室海洋水産グループ長
渡り性水鳥の全国調査および国際保全プログラムの国内コーディネーター業務、WWFサンゴ礁保護研究センター(沖縄県石垣島)での住民参加型の環境調査および普及啓発業務、海洋保護区の設定および管理状況の評価業務等に従事後、2011年より東日本大震災復興支援プロジェクトと水産エコラベルの普及および取得支援に携わる。
山本 光治
スピーカー
水産養殖管理協議会(ASCジャパン) ジェネラルマネージャー
英バンガー大学海洋生物学部卒、豪ジェームズクック大学水産養殖学修士取得。その後アジア太平洋水産養殖ネットワーク(NACA)や国連食料農業機関(FAO)の水産養殖職員としてアジアやアフリカなど20カ国の養殖現場での事業に従事。2011年に発行された「FAO養殖認証技術ガイドライン」の事務局を務めた。2017年9月よりASCジャパンの代表として国内の市場と養殖場におけるASC認証の普及を通じて環境と社会に配慮した責任ある養殖業の拡大に務める。
福嶋 久史
スピーカー
黒瀬水産株式会社 生産推進部 課長
海なし県の群馬県生まれで海にあこがれ鹿児島大学水産学部へ進学。卒業後は水産食品会社を経て2011年から黒瀬水産でブリの養殖に携わり、ASC認証関連業務も担当。
黒瀬水産は、宮崎県、鹿児島県の豊かな海でブリを育てており、港に隣接した自社加工場で高鮮度な製品に加工しています。2013年に種苗センターを設立し、本格的に人工種苗を生産開始。年間通して脂乗りの良いブリの出荷を実現しています。
私たちは、“環境的・経済的・地域的に持続的な養殖”を目指しており、ASCブリ養殖基準には2013年の検討会から参加。基準の策定に関わり、2017年12月に認証を取得しました。直近ではMEL認証も取得し、これらの認証基準をツールとして、持続的な養殖実現に向けて取り組んでいます。
阿部 富士夫
スピーカー
宮城県漁業協同組合 志津川支所 支所長
1963年3月生まれ。1982年3月全国漁業協同組合学校卒(42期)。同年、志津川町戸倉漁業に入組。2001年4月志津川町漁業と合併。2004年同漁協戸倉支所長。2007年4月宮城県漁協合併(県一漁協)戸倉出張所長。2016年3月日本初となる戸倉カキ生産部会。カキASC国際認証取得に尽力。2017年9月イオン環境財団生物多様性日本アワード優秀賞受賞に尽力。2018年4月宮城県漁協志津支所支所長
濱﨑 祐太
スピーカー
スクレッティング株式会社 プロダクトマネージャー
東京水産大学(現:東京海洋大学)にて魚類栄養学を学び、2002年に修士課程修了後ヤマハニュートレコアクアテック(現スクレッティング)に入社。
養殖用飼料の営業、配合設計、研究開発を経て現在はプロダクトマネージャーとして商品戦略に携わる。
2013年に行われた第3回ブリ・スギ類養殖管理検討会にてASCの存在を知り、それ以来ASCに対応した飼料の供給に情熱を燃やす。
現在ではASC対応飼料の供給のみならず、養殖改善プロジェクト(AIP)の支援などの包括的な支援も行い、養殖産業のサステナビリティ
を高めるために日々奮闘中。