TSSS2019

P-7 科学とビジネスの連携で、世界の水産業を動かす

P-7 科学とビジネスの連携で、世界の水産業を動かす

2本目のトークセッションは、グローバルに展開するイニシアチブがテーマ。その代表格として大胆な枠組みを実現してきたのが、科学者の呼びかけに応えた世界のトップ水産企業によって構成される海洋管理のためのイニシアチブSeaBOS(Seafood Business for Ocean Stewardship)だ。パネリストにはSeaBOSのメンバー企業であるマルハニチロから佐藤寛之氏、日本水産から屋葺利也氏、そしてSeaBOS現マネジングディレクターのマーティン・エクゼル氏、司会はSeaBOS創立を牽引したヘンリック・オスターブロム氏がつとめた。

 

 

キーストーン・アクターの企業が揃えば、水産業の生態系を左右する力を発揮できる

SeaBOSのアイデアが最初に生まれたのは2012年11月のことだ。オスターブロム氏が来しかたを振り返り、その成り立ちを紹介した。

SeaBOSの発想源となったのは、生態学における「キーストーン種」。生物の生態系には、その全体を左右できる支配的な種がいるという考え方だ。これを産業にあてはめて、世界の水産業全体の行く末を左右する「キーストーン・アクター」の企業がいるはず、と考えたのだ。

そこで世界の水産物関連企業上位160社のデータを分析し、上位10%の16社にフォーカス。その中から商社などを除いた13社に注目した。

日本財団の助成を受けて2年間を費やした研究結果を論文として発表したのは2015年のことだった。「仮説ができれば、実証したくなるのが科学者」とオスターブロム氏。そこでこの13社の企業に対し、科学者から世界の水産資源管理の変革を呼びかけるという異例の形で最初の「ダイアローグ」を開催したのが、SeaBOSの始まりだった。

 

 

科学からビジネスへ呼びかけ、トップ10社のCEOを集め、対話から実際的な取り組みへ

2016に初めて開かれた「ソネバ・ダイアローグ」では、13社のうち8社が協力に同意した。「意外なことに」とオスターブロム氏は言うが、「企業も自分たちの責任を意識し、変化を起こすことに関心を持ち、本気で取り組もうとしていた」。

こうしてSeaBOSは科学とビジネスが正面から手を組む、希有なイニシアチブとして発足した。その後さらに2社が加わり、2017年のストックホルム・ダイアローグでは10社が参画を表明した。

翌2018年の軽井沢ダイアローグではメンバー企業全10社のCEOが初めて一同に会し、またワーキングチームが参加して実働レベルの議論も交わされた。回を重ねるごとにコミュニティとしても成熟し、企業も本腰を入れ始めた。最初は研究助成金で活動していたSeaBOSだが、現在では法人格を持ち、独自の予算で継続的な活動を展開している。

その後の研究でわかったことだが、他の産業、たとえば農業や林業では関係者がはるかにコンパクトにまとまっていると言う。わずかな数のプレイヤーが合意すれば、産業全体を左右することができるのだ。

これに対し水産業はプレイヤーが多く、キーストーン・アクターだけでも10社を超える。SeaBOSではすべてを科学的根拠にもとづいて進めることを重視しているが、こうした客観的視点による活動が、関係者が多いがゆえに業界内部だけでは合意を得にくい水産業では特に有効だった。

企業側の事情としても、科学と手を結ぶことは利点がある。近年ますます、企業活動の責任の可視化が求められている。問題を隠したり、知らないふりをすることのリスクが高まる中、科学と協力することの有効性が実感されいるのだ。

 

 

発意から実行へ。タスクフォースで強制労働対策から気候変動まで幅広い解決に問題に挑む

続いて登壇したエクゼル氏は、現在のSeaBOSマネジングディレクター。エクゼル氏の母国オーストラリアでも今世紀初頭、水産資源は危機的状況にあった。2005年は全水産資源の30%が乱獲またはそれに近い状態だったが、その後15年で状況は大きく改善された。「日本ではさらに早いスピードで変化が起きるだろう」とエクゼル氏。

「SeaBOSに参加するキーストーン・アクター10社は、世界95ヶ国で活動し、300億ドル以上を売り上げ、直接雇用だけで10万人が働く。子会社は合わせて600社以上、扱う魚種は400種に上る」。その10社のうち3社が日本の企業で、中でも1位・2位のマルハニチロと日本水産の規模は突出している。

SeaBOSがリーダーシップを取って変化を起こそうとしている重要なミッションは5つある、とエクゼル氏。「IUU(違法・無報告・無規制)漁業と強制労働の対策」、「トレーサビリティと透明性」、「規制改善に向けた政府との協働」、「海洋プラスチックごみ問題」、そして「業界のインスピレーション源となる」ことだ。さらに6つ目のテーマとして「気候変動」が最近加わった。これらのミッション実現へ向けて、タスクフォースとして具体的な取り組みを展開している。

 

 

参加企業の視点:世界の情報に直接触れ、世界の中でもまれることで強くなれる

セッション後半では、世界トップの水産企業でありSeaBOSの主要メンバーでもある2社から、具体的な取り組みが紹介された。

マルハニチロの佐藤氏はまず、同社が昨年発表したサステナビリティ中長期経営計画の「3つの価値」、経済価値、社会価値、環境価値と、その中での重点課題を示した。「食の安全・安心」「持続可能な調達」「廃棄物の削減」「持続可能な水産資源利用」「CO2排出の削減」などの重点課題はそれぞれ、SDGsの目標にもひもづいている。

その中から佐藤氏が紹介した具体的な取り組みは、ひとつが漁網、ロープ、ブイなど漁具の管理と海岸の清掃。また、ブロックチェーンを活用したサプライチェーンのトレーサビリティ向上。これはオーストラリアの関連会社、オーストラル・フィッシャリーズ社の取り組みだ。そして植樹によるカーボンオフセット活動。

こうした取り組みを客観的な形で位置づけるために同社では、IIRC(国際統合報告評議会)のガイドラインによる統合報告書や、国際NGOのGRI(Global Reporting Initiative)による指針に沿ったサステナビリティレポートなど、国際基準に沿った情報公開を行っている。SeaBOSの取り組みとも連動しつつ、グループとしてもSDGs貢献をめざしている、と述べた。

 

日本水産の屋葺氏からは同社の取り組みとして、GRI形式に沿った報告や英文ウェブサイトの拡充による透明性の改善の他、海洋環境・プラスチック部会を設置しての、漁具などのプラスチック製資材の調査、食品事業でのプラスチック製包材調査、そしてMSCやASCなどの国際認証の取得が紹介された。

また昨年から継続する話題として、同社の調達水産物の資源調査を紹介。2016年に実施した第1回の調査では、扱っている水産物のうち88%は問題ないことが判明している。しかし半面、残り12%は不明あるいは課題があるという。2019年の調達水産物を対象とする第2回の調査では、その12%に重点を置いてグループ全体での調査を実施する。その結果は2021年に発表される予定だ。

屋葺氏は企業側がSeaBOSに参加することの意味として、他社の活動を直接知られること、またオスターブロム氏のストックホルム・レジリエンス・センターから得られる情報を挙げた。「日本国内の取り組みと比べ、やはり世界の水準は一歩先を行っている。世界の土俵に出てもまれる中で、本当に強くなれるし、大きい成果を上げられる」と結んだ。

 

 

FACILITATOR / SPEAKER

RECOMMEND