国際NGO International Pole & Line Foundation(IPNLF)で東南アジア支部長を務めるジェレミー・クローフォード氏は、グローバル市場におけるマグロの一本釣りについて発表。一本のかぎ針と一本の釣り糸で一度に一匹の魚だけを捕まえるのが一本釣りである。巻き網漁、延縄漁など様々な漁法がある中で、一本釣りの場合は、海洋資源のストックを残しやすく、他の海洋生物へのダメージがなく、網や糸による生息地への影響も少ない。マグロ漁業では遠洋漁業がメジャーであり、そのオーナーは遠隔地にいるが、一本釣りは沿岸の地元の漁師がオーナーというビジネスであり、より多くの人々が雇用される漁業形態である。江戸時代に日本で始められ世界各国に広がった。
マグロは回遊性が高く高価値で、各地域の漁業が従っているルールと国際的な漁業管理上のルールを調整するのが難しい。また、一本釣りの漁師から商業漁船まで、漁業法の範囲が広く多数の利害関係者が関与するため、資源の公平な分配も難しい。1980年代以降、商業漁業の規模が必要以上に拡大し、マグロ漁獲の80%近くを占める。過剰な漁獲による供給過多の一方、マグロ資源は枯渇の危機にあるが、対策としてのMSC認証商品の大部分は先進国の資本力のある漁業業者からのもの。小規模漁業にとって認証を取得し市場での認知を得るには費用面を含め多くの課題がある。
世界の漁業従事者の90%は小規模漁業者であり、世界の漁獲量全体の50%以上を占める。IPNLFでは、「沿岸でのマグロ漁業とコミュニティと海が繁栄すること」をビジョンに掲げ、沿岸マグロ漁業者の声を高める取り組みを継続。生態系への影響、混獲、IUU(違法・無報告・無規制)漁業などはいずれも重要な課題であるが、「漁業に従事している人々のことを忘れてはならない」とクローフォード氏は訴えた。
高知カツオ県民会議(Kochi Sustainable Skipjack Association, KSSA)の会長代理も務める高知大学の受田浩之氏は、カツオ資源の持続可能性をどう担保するか、地方からの取り組みについて発表。古来カツオを食し、1世帯当たりのカツオ購入量が全国1位の高知県にはカツオに惹かれて多くの観光客が訪れる。しかし、この20年ぐらいの高知の沿岸域における引き網によるカツオの水揚げ量は不漁傾向にあり、「昨今は激減と言うよりほぼ水揚げがないという状況まで追い込まれている」と受田氏は語った。
カツオ資源の問題を打開するために、2017年2月に高知の有志がKSSAを設立した。定期的にシンポジウムを開催するほか、県民のカツオに対する意識を醸成する文化講座を連続的に開講。さらに、高知カツオマイスター制度を通じて「わら焼きたたき体験教室」など小学校での食育活動や資源に関する授業にも注力する。WCPFC(中西部太平洋まぐろ類委員会)の年次会合でのロビー活動やIPNLFとのミーティングなど国際的な連携も強化している。
このような活動を進めるKSSAだが、まだ県民の意識と海の現場との間には大きな乖離があると実感している。2019年11月に高知と宮崎のカツオ一本釣り漁船19隻がMSC認証を目指すことが決定。これによって、高知における一本釣りの価値をMSC認証というラベルによって、県民に認知してもらうことに期待を寄せる。
「カツオ資源の回復を目指すための方法は?」という会場からの質問に、「沿岸における引き縄を中心とする漁獲の回復が一つの指標であり、そのためにWCPFCでカツオ資源の回復に関する数値目標を現行より上げてもらうとゴールに近づきそうだが、そのような数値目標の変更には参加国の満場一致が必要であり、なかなか実現は難しい。現時点では、身近なところから、MSC認証の取得によってカツオのトレーサビリティを理解した消費を確立することが、非常に遠回りかもしれないが、我々がやるべきことではないかと考えている」と受田氏は答えた。
1922年に英国で発足し現在120の国や地域で活動する国際NGO BirdLife Internationalで海洋保全プログラムを担当する鈴木康子氏は、国際的に問題になっている混獲の現状について発表。
海鳥は鳥類の中でも個体数が急激に減っている。主因は漁業による混獲。一年間で延縄では160,000羽以上、刺し網では400,000羽、トロールでは数万羽が犠牲になっていると推定される。アホウドリ類は22種のうち21種が混獲の脅威に直面しており、15種は絶滅が危惧されている。特に延縄漁とトロール漁で混獲されやすく、混獲による死亡率は持続可能な域を超える。
そこで、5つのかつお・まぐろ類の地域漁業管理機関(RFMO)により、アホウドリ類の分布域では、トリライン・トリポールの設置、加重枝縄、夜間投縄という3つの混獲回避措置のうち2つの措置を取ることが義務付けられている。3つの措置を同時に実施した海域では混獲数がかなり削減され、対策としての効果は実証されている。しかし、マグロ延縄漁における混獲率はいまだに高く、マグロがかかるはずの針に海鳥がかかってしまうことは漁業者にとっても有益でないが、現場だけではなかなか解決しない。
問題解決のためには、漁業者への働きかけと支援、漁業者と買い付け企業の連携による取り組み、小売業と消費者による問題認識の向上と取り組みへの支援、国際漁業管理機関と各国の行政による規則の強化、規則遵守検証のための客観的モニタリングの徹底など、いろいろな側面から関係者が協力する包括的なアプローチが必要である。「それが漁業利益の向上、生物多様性の海洋保全につながっていく」と鈴木氏は述べた。
ジェレミー・クローフォード
スピーカー
IPNLF(国際一本釣り基金) 東南アジア支部長
アジア太平洋地域のマグロ漁業が盛んな地域で幼少期を過ごす。漁業関係で10年以上の経験をもち、商業化、環境保全、IUU(違法・無報告・無規制)漁業対策、トレーサビリティ、社会的責任などに関して企業と市民社会団体の双方での経験を有する。
インドで水産加工のスタートアップを起業し、1年目で100万米ドル以上の売り上げを出す他、NFI(全米漁業協会)蟹審議会で東南アジアのサステナビリティ計画における第一人者を務め、タイ・ユニオン・グループの調達担当責任者としてFIP(漁業改善プロジェクト)や生産準備構想を含むサステナブルな調達や社会責任遂行を監督した経験も持つ。
天然漁業における組織横断的な開発計画の管理に関し、豊富な経験を持ち、現在は国際一本釣り基金(IPNLF)の東南アジア支部長として活躍する。
受田 浩之
スピーカー
高知大学 理事(地域・国際・広報・IR担当)、副学長
カツオを持続可能性な資源に!高知カツオ県民会議
今から30年以上前に、カツオは高知県の県魚に指定されている。カツオ文化の歴史も長く、刺身やたたきに代表される「食」も特徴的である。多くの観光客も高知の美味しいカツオを目当てにやってくる。高知にとって大切なカツオ資源に昨今危機的な状況が訪れている。高知の沿岸域のカツオ漁が深刻な不漁に見舞われているのである。その原因は漁獲圧力の高まりや気候の変動によると考えられている。そこで2017年に高知県の有志が、カツオ資源の維持を目的に、「高知カツオ県民会議(KSSA)」を立ち上げた。現在、140名を超えるメンバーがカツオ資源の持続可能性を目指して、1)情報の積極的な発信、2)漁業・消費の在り方の啓発、3)資源の調査・保全の追求、そして4)食文化の共有と維持などについて活発な活動を展開している。2019年には、日本で初めてのIPNLFのメンバーとして登録された。今後、IPNLFとの連携により、現時点での県民運動を、国民運動から国際的にも発展させていきたいと考えている。
鈴木 康子
スピーカー
バードライフ・インターナショナル 海鳥・海洋保全プログラムオフィサー
アメリカ西海岸における水産資源回復と海鳥保全間の軋轢に関する研究に14年間従事後、現在は環境NGOバードライフ・インターナショナルにおいて、グローバルチームの一員として海洋保全に向けた活動をしている。漁業と生物多様性保全の両立、特に漁業による海鳥の混獲削減に向け、生産者とサプライチェーンとの連携に重点を置いた取り組みを行っている。
神奈川県出身。オレゴン州立大学漁業野生生物学科博士課程修了(野生生物学博士)