近年、IoT技術を活用して、社会課題の解決や地域活性化を目指す事例が増えている。本セッションでは3つの事例が採り上げられ、第1部では、富士通の養殖管理システムを導入した北海道神恵内村の事例が紹介された。
「神恵内村はかつてはニシン漁で栄えたが、まずはニシンが、続いてスケソウダラが獲れなくなり、ウニやナマコ、アワビを獲る沿岸漁業が中心となった」と、高橋昌幸村長は説明する。だが、その後、磯焼けで餌の海藻が激減したため、神恵内村は養殖業への転換を模索。漁業者の人口減少・高齢化に加えて、波の荒い日本海は養殖には不向きであること、また閉鎖式で環境や餌を制御できる陸上養殖であれば安定的な生産が見込めることから、国内外の需要が高まっているウニとナマコの陸上養殖を2018年にスタート。
2018年には同プロジェクトに富士通が加わり、『Fishtech養殖管理』(以下、Fishtech)の実証が開始した。
Fishtechは、センサー・カメラをIoTでつなぎ、生簀の中の生体をリアルタイムで管理するという高度な養殖管理の仕組み。それによって、ウニやナマコを1年中出荷できるようにし、新たな雇用を生み出して地域振興の起爆剤とすることを狙ったものだ。
そのコンセプトが認められ、2019年度グッドデザイン賞を受賞。「ウニやナマコを養殖で増やせば、海の資源も復活し、漁業者の収入や雇用も拡大して地域活性化につながる。ICTを活用した養殖により、地方再生と食料生産の問題を同時解決していきたい」と、富士通デザインの國村大喜氏は語る。
現在、神恵内村では、隣の岩内町(いわないちょう)と泊(とまり)村とともに地方創生事業として設立した地域商社KIT BLUE(キットブルー)を核として、生産から加工・販売までを網羅した新たなサプライチェーンの確立を目指している。「村民850人の小さな村だからこそ、大いなる挑戦を続けたい。5年後にはウニの売上目標5億円、漁業者の所得10%向上を達成し、陸上養殖のトップランナーとなりたい」と高橋村長は力強く語った。
続いて第2部では、NTTドコモとKDDIのソリューション事例が紹介された。
NTTドコモの『海の見える化ICTブイソリューション』は、海にセンサー付きブイを浮かべてデータを収集し、その情報をクラウドにアップして、漁業者がモバイル端末で見られるようにしたものだ。
「このソリューションを開発したのは、東日本大震災の復興支援の際、海苔やカキの養殖業者の方々から、『津波や地盤沈下で海の状態(海水温や塩分など)が変わってしまったので、スマートフォンで簡単に見えるようにしてほしい』といわれたのがきっかけ」と、NTTドコモの山本圭一氏は振り返る。
開発に当たっては、漁業者が抵抗なく使えるよう、スマートフォンの操作画面を工夫。直感的に使えるシンプルなデザインを志向し、掲示板や作業記録の機能も盛り込んだ。現在の導入実績は全国で約30件。衛星データや気象情報をスパコンで高速処理し、広範囲で海水温などを予測する「海況シミュレーション」の機能も新たに追加し、来年度には商用化する計画だ。
「当初は、このシステムで“海の見える化”を実現し、作業効率アップや漁場の分析などをしていただくことを考えていた。だが、今は“見える化”により予測や推定を行い、新しい生産手法の開発や働き方改革につなげられるのではないかと考えている」と山本氏は語った。
一方、福井県小浜市と連携して、サバ養殖場へのIoT導入を進めているのが、KDDIだ。
かつて小浜のサバの水揚げは年間3,500トンを数えたが、近年の漁獲量は年間1トンに満たない。「小浜の代名詞ともいえるサバを養殖で復活させよう」との計画が持ち上がったが、サバは繊細な魚で、夏の高水温や病気に弱く、養殖には不向きとされてきた。経験とカンに頼って、夏場に餌をやりすぎると、サバが消化不良を起こして死んでしまうことも多かった。
そこで、小浜市はKDDIに協力を求め、水温と与える餌の量の関係を明確化するためIoTソリューションを導入した。これは、生簀にセンサーを入れて、1時間ごとに海水温や塩分、酸素濃度などを計測し、漁業者がタブレットで確認できるようにしたもの。これまでは手帳に記録していた生簀ごとの給餌計画もタブレットに表示し、その日に与えた餌の実績値を入力。これらのデータをクラウド経由で収集し、リモートで可視化・ノウハウを共有できるようにした。
だが、IoT導入にあたって、障壁がなかったわけではない。「当初、漁業者の間では『(システムを使いこなすのは)絶対無理。従来通り、鉛筆とファックスでやらせてほしい』という声も根強かった」。そう語るのは、小浜市の畑中直樹氏(写真右)。だが、「KDDIには生産者の目線から、漁業者が使いやすいシステムを作っていただけた。それが壁を突破する大きなきっかけになった」と畑中氏は振り返る。
「IoTやデータを駆使して給餌管理のノウハウをデジタル化し、広く共有できるようにすれば、小浜の漁業をサステナブルなものにすることができる。それが我々の目指すゴール」と、KDDIの石黒智誠氏。「今後は、消費者にも養殖の現場をリアルに感じてもらい、生産者の思いと消費者の思いをつなげたい」と熱く語った。
高橋 昌幸
スピーカー
北海道 神恵内村 村長
1950年北海道神恵内村生まれ。1970年神恵内村役場へ奉職。以来、産業課長、住民課長などの職を経て、2002年3月神恵内村長に初当選し、現在は5期目。職員時代は水産畑を長く歩み、現在は北海道漁港漁場協会会長、全国漁港漁場協会ならびに全国漁港海岸防災協会で副会長、全国市町村水産業振興対策協議会常任理事などの要職を務める。かつてニシン漁で繁栄を極めた村に再びにぎわいと活気を取り戻そうと、藻場造成による豊かな海の森づくり「藻場∞LANDプロジェクト」や「つくり育てる漁業」の推進に力を注ぐ。
國村 大喜
スピーカー
富士通デザイン株式会社 ソリューション&プラットフォーム・デザイングループ デザイナー
1985年京都生まれ。京都大学工学部物理工学科卒業後、筑波大学大学院ではプロダクトデザインを専攻。その後富士通デザイン株式会社でUIデザイナーとしてのキャリアを積む。17年度、富士通全社のビジネスコンペにて最優秀賞を受賞、以後さまざまな部署と連携し、営業と開発にも携わるマルチなデザイナーとして水産ビジネスの立ち上げに尽力。ディレクター兼デザイナーとして関わった新しい養殖管理システム「Fishtech養殖管理」は、2019年度グッドデザイン賞受賞。釣り人であり無類の魚好き。
山本 圭一
スピーカー
株式会社NTTドコモ 地域協創・ICT推進室 担当課長
広島県出身。1995年NTT入社。2002年にNTTドコモに転籍。入社から2011年まで一貫して法人営業部門に所属し、法人のお客様にソリューション営業を行う。2011年12月、東日本大震災の専属復興支援組織「東北復興新生支援室」のリーダーとして、岩手・宮城・福島で復興支援活動を展開。2016年3月から宮城県東松島市の牡蠣養殖と海苔養殖現場で「水産+d」の実証実験を開始。実証実験の結果を踏まえ、2017年より現職にてスマートフォンで海の状態の変化を把握できる「ICTブイソリューション」のサービスを開始。
モットーは「現場思考」で、一次産業を中心にモバイルとITを活用して社会課題解決につながる持続可能サービスの創造をミッションとする。特技は、楽しくお酒を飲んで誰とでも仲良くなること。
石黒 智誠
スピーカー
KDDI株式会社 ビジネスIoT推進本部 地方創生支援室 マネージャー
2001年、KDDI株式会社に入社。カスタマーサービス部門、人事部を経て2012年に復興支援室に社内公募で異動し、同年、岩手県釜石市に出向。釜石市役所にて、地域情報化担当として復興支援業務に携わる。2015年に岩手復興局政策調査官に任用され(2017年3月任期満了)、2016年より岩手県ICT利活用戦略会議委員を務める。2017年より現職、第一次産業を中心とした地域産業へのICT/IoT導入推進に従事し、2019年より復興庁より東日本大震災復興企業サポーターを委嘱されている。
畑中 直樹
スピーカー
小浜市 産業部 農林水産課 食・地域創生戦略室 室長
1990度に小浜市役所に採用。上下水道、道路建設等の土木部門を経て、2009年度より農林水産課に異動。野生鳥獣による農作物被害対策に従事。農林水産省農作物野生鳥獣被害対策アドバイザーとして登録。狩猟免許を取得し、猟友会として狩猟にも参加。2016年度より水産振興グループに配置換えとなり、「鯖、復活プロジェクト」を立ち上げ鯖養殖に従事。「小浜よっぱらいサバ」のブランド化に携わる。早朝からの定置網漁への参加や、小型船舶免許を取得。2019年度には新たに新設された「食・地域創生戦略室」に配属。「食と農をつなげる地域循環プロジェクト」を立上げ、生産者、流通加工業者、料理人をつなぎ、一次産業の活性化、食による交流人口、定住人口の拡大を図る取組みを実施。現在農林水産課11年目。