IUU(違法・無報告・無規制)漁業が大きな国際問題になっている。身近な例として、日本国内で流通するウナギの半分はどこで採られたものか明確でないと言われており、北朝鮮のイカ漁船が日本海で起こした衝突事故も記憶に新しい。
東京海洋大学准教授の松井隆宏氏によると、2015年に日本に輸入された天然水産物のうち、24~36%が違法漁業によって漁獲されたものであるという研究結果があり、金額にすると16億~24億ドル(訳2000億円)にのぼる。IUU漁業による水産物が日本市場に流入し、知らないうちに消費している事態を放置すれば、日本の漁業者の収入減、資源管理の困難、非人道的行為の助長など、多様な問題に加担するリスクがある、と松井氏は指摘した。
海外の現場では実際に何が起きているのか。英国のNGO Environmental Justice Foundation (EJF)とタイの労働権利推進ネットワーク基金 (LPN)からそれぞれ提供された2本の動画から、違法漁業の現状や漁船での非人道的な奴隷労働の実態が明らかにされた。「一日に3時間しか眠らず働いた」「船は地獄だった」などの証言や船で死んだ同僚のことを語る乗組員の姿などの生々しい映像は、会場に衝撃を与えた。
「まさにこれが真実」と語るEJFのスティーブ・トレント氏は、10年以上この問題に取り組む。実現可能な唯一の解決策として「透明性あるフレームワーク」を提唱。とくに漁船の登録番号管理とその明示の義務化を強調し、「東京で自動車に識別番号がなければ犯罪と混乱が起きるだろう。それと同じことが海上で実際に起きている」と述べた。
LPNはタイ国内で過去15年間に約5,000人の漁業労働者を救出した。「中には20年以上船に閉じ込められていた人や、15歳未満で拘束されたため身分証明書もなく、救出後もすぐに故郷に戻れない人もいる」とLPNディレクターのパティマ・タンプチャヤクル氏は語る。
LPNは現地パートナーとのネットワークにより、強制労働の被害者救出や労働者の権利向上のための活動に取り組み、必要な法律の制定などをタイ政府に働きかけている。その活動に密着取材したドキュメンタリー映画「Ghost Fleet」が2019年に米国内で上映されるなど、各国NGOや国際メディアとも連携して漁業者の声を拡散。「みなさんが食べている水産物が奴隷労働によるものではないと確信を持てるか?」とタンプチャヤクル氏は問う。
米・インドネシア政府の協調によるSAFE Seasプロジェクトは、インドネシア・フィリピン海域の漁業にまつわる搾取から漁師を守る活動を展開する。
インドネシアにおける違法漁業は乱獲を主因として、豊かな海洋生態系を脅かし、食糧安全と国家の安定のリスクとなり、人権侵害にもつながってきた。2014年から開始されたIUU漁業対策の中で、同国漁業当局は2019年5月までに516隻の違法漁船を捕縛し破壊した。その大部分は、ベトナム、フィリピン、マレーシア、タイ、中国など外国船籍であったとSAFE Seas プロジェクトディレクターのノノ・スマーソノ氏は言う。
漁船の位置と活動を追跡するVMSデータの共有にもいち早く取り組んでいるインドネシアだが、IUU漁業による労働者の虐待や搾取はいまだに大きな課題である。雇用契約を結ばず健康保険もない状態で働かせ、借金で縛り、漁獲高によって恣意的に報酬を決め、団体交渉権を認めないなど、漁業労働者を守るメカニズムが存在せず、低賃金、短い休憩時間、食料・飲み水の不足、暴力と虐待にさらされている漁船乗組員の実態をスマーソノ氏は赤裸々に語った。
地元漁業組合、船舶所有者、大手水産企業など民間セクターとも協力し、より良い労働環境を提供するよう圧力をかける必要があるとスマーソノ氏は言う。「良い働き方ができれば企業にとってもビジネスにとってもプラスになる」と。
会場では、台湾の参加者から「小林多喜二の『蟹工船』のような世界は今なお存在する。こうした違法漁船ではひどい殺人事件も起きているがそれは氷山の一角。こうした課題がある国から魚を輸入する日本は、海で何が行われているのかよく考えてほしい」という強いメッセージが発せられたほか、「奴隷労働があると思われる他の業界との連携は?」「違法漁業による人権侵害のリスクに対する日本の業界の動きは?」「MSC、ASCなど既存のエコラベルが謳う労働環境基準の有効性は?」など、会場からの質問に対する活発な議論も行われた。
「IUU漁業が引き起こす課題に対して日本市場に求められる役割は?」という進行役の山内愛子氏からの問いかけに対し、「インドネシアと日本は良好な関係にあり、政府間でもビジネスでも、人権侵害を両国の課題として取り上げることができる」(スマーソノ)、「何も知らずに消費をすることが問題。日本の人々は、最近になってようやく漁業労働者の人権に目を向け始めたばかり」(タンプチャヤクル)、「米国、EU、日本その他、市場をまたいだ協力による広範な規制が必要」(トレント)などの回答があり、松井氏は、「日本ではこれまで資源の問題に目が行きがちだったが、今後は環境や人権の問題にもしっかり取り組む必要がある」と答えた。
山内 愛子
ファシリテーター
シーフードレガシー 上席主任/海洋科学博士
東京出身。日本の沿岸漁業における資源管理型漁業や共同経営事例などを研究した後、WWFジャパン自然保護室に水産オフィサーとして入局。持続可能な漁業・水産物の推進をテーマに国内外の行政機関や研究者、企業関係者といったステークホルダーと協働のもと水産資源および海洋保全活動を展開。WWFジャパンによるチリ、インドネシア、中国での現地オフィスとの海洋保全連携プロジェクトも担当したのち、2019年にシーフードレガシーに入社。漁業科学部、企画営業部の戦略策定と実施を担当。国内NGO等の連携である「IUU漁業対策フォーラム」のコーディネーターを務める。
・水産政策審議会資源管理分科会特別委員
・水産研究・教育機構SH”U”Nプロジェクト外部レビュー委員
パティマ・タンプチャヤクル
スピーカー
労働権利推進ネットワーク基金 ディレクター
東南アジアの奴隷問題解決に取り組んでいる重要人物。2004年にタイで労働権利推進ネットワーク基金(LPN)をソンポン・スラカエウ(Sompong Srakaew)氏と設立。1996年にタイのマハサラカム大学卒業後、バンコク北部の地元の工場所有者による移民労働者、特に女性と子供への虐待に気づき人権問題に関心をもつ。LPNは2014年にインドネシアの離島から3000人の捕虜や行き場のなくなった漁業者を救出した。タイ人の支援と保護、慢性的な人権侵害に対する認知度向上、移民労働者の生活改善や雇用に関する法改革に関する運動に20年以上従事。現在も改革者としてタイ周辺地域の海や陸で起きている課題に取り組んでいる。
松井 隆宏
スピーカー
東京海洋大学海洋生命科学部 准教授
2004年 東京大学農学部卒業、2010年 同大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。博士(農学)。2008年 日本学術振興会特別研究員(DC2)、2010年 近畿大学グローバルCEO博士研究員、2012年 三重大学大学院生物資源学研究科准教授などを経て、2018年より現職。専門は水産経済学、資源管理論、フードシステム論、農業経済学など。近年は、IUU(違法・無報告・無規制)漁業の経済分析や沿岸漁業の資源管理、密漁対策、ブランド化・マーケティングや渚泊の推進を通した漁村地域の活性化などに取り組んでいる
スティーブ・トレント
スピーカー
Environmental Justice Foundation(EJF) 代表取締役
環境・人権保護団体Environmental Justice Foundation(EJF)の共同設立者。環境保全や人権問題に関する業界で25年以上の経歴を持つ。EJFの他、WildAidを立ち上げ、中国やインドでの人権問題に携わる。以前は、Environmental Investigation Agency(EIA、環境調査エージェンシー)にてアドボカシー・コミュニケーションディレクターを務め、40カ国以上での調査経験をもつ。
ノノ・スマ―ソノ
スピーカー
プラン・インターナショナル SAFE Seas プロジェクトディレクター
アジア太平洋地域における人身売買や強制労働の防止プログラムの開発・実施・評価において20年以上の経験をもつ。水産業におけるIUU(違法・無報告・無規制)漁業と労働搾取の問題に過去5年に渡り、積極的に取り組んできた。プラン・インターナショナル・インドネシアのプログラム・ディレクターを務め、インドネシアとマレーシアではユニセフの児童保護官として6年にわたり経験をもつ。現在は、プラン・インターナショナル・アジア地域オフィスのプロジェクト・ディレクターとして、インドネシアおよびフィリピンにてSAFE Seas(漁業従事者の搾取に対する対策・対処)プロジェクトを率いている。