最後のトークセッションは、東京五輪とそのレガシーを取り上げた。オリンピックイヤーが目前に迫る中、日本はサステナブル・シーフードに関してどんな姿勢を見せ、オリンピック後に何を残していくのか。パネリストにはサステナブル・シーフードを先導するMSC(海洋管理協議会)からチーフ・プログラム・オフィサーのニコラ・ギシュー氏、オリンピック公式パートナー企業でもあるパナソニックからブランドコミュニケーション本部 CSR・社会文化部 部長の福田里香氏、そして今回東京五輪のサステナブル調達コード策定に携わったロイドレジスタージャパン取締役の冨田秀実氏が登壇。シーフードレガシーの花岡和佳男が司会をつとめた。
2012年ロンドンオリンピック・パラリンピックは「五輪史上最もサステナブルなオリンピック」と言われた。しかし「オリンピックは重要だが、ひとつのステップでしかない」とギシュー氏。「サステナブル・シーフードが大きな成長をみたのは、むしろオリンピック後だった」と言う。
実際、イギリスでは2012年から2018年の6年間で、MSC認証水産物が4万トンから15万トンへと大きく伸び、「メインストリームへ躍り出た」。この成長にはいくつかの理由がある、とギシュー氏。
まずイギリスで多く消費されるタラやサバなどの魚種で、MSC認証品が増えたこと。またMSC、ASCなどの活動もあって、エシカル、サステナブルといった視点に対する消費者の関心が高まったことを挙げた。消費者の関心があることで、企業が取り組むモチベーションを支え、選択肢が増え、導入もしやすくなる。
日本でも同じような流れは起きうる、とギシュー氏。日本でもMSC認証品は2016年から5倍に増え、企業のコミットメントも増えている。急速に認知が広まるSDGsの影響も大きい。
ロンドン五輪の経験からギシュー氏は「流れがオリンピック・パラリンピックで終わらず、むしろその後に大きく盛り上がることが重要」だと述べた。
続いてパナソニックの福田氏が紹介した同社の活動では、サステナブル・シーフードを含む社会課題について、事業活動と企業市民活動の両方から取り組んでいる。企業市民活動としてはSDGs、特にグローバルな貧困の解消を大きな目標に、人材育成、機会創出、相互理解の他、環境保全に取り組み、サステナブル・シーフードもそのトピックのひとつだ。
もともとパナソニックは長く環境問題に取り組み、WWFジャパンとも20年にわたり協働してきた。その中で近年、社員食堂へのサステナブル・シーフード導入が大きな話題になっている。
その直接のきっかけは、南三陸の震災復興支援だった。支援していた南三陸のかき養殖が、日本初のASC認証を取得した。しかし持続可能な水産物を支えるには、出口となる消費が必要だ。パナソニックには国内だけでも10万人以上の従業員がいる。この数を力にできるのではないか。みんな忙しくてもお昼は食べる、食堂メニューにあれば「食べるだけで貢献できる」。
背景には、30年以上続くオリンピックの公式パートナー企業として2020年のレガシー作りに貢献したい意志があり、またパナソニック自身が2018年の創立100周年を機に社員の社会貢献活動を増やしたい考えがあった。社員食堂をきっかけに意識したことが日常生活へ、家族や周囲の人へと広がることで、広く日本の消費者を変えられたら、という可能性まで視野にあった。
ただ実行に移すとなると問題は山積だった、と福田氏。給食会社、その上流にいる加工会、供給元まで一貫した管理がいる。その前にまず総務部門など社内に説明を行い、納得して協働してもらう必要があった。
パナソニックの従業員食堂は全国に約100ヶ所、うち現在25拠点でサステナブル・シーフードのメニューを提供している。食堂のメニューで選ばれる喫食率は20%あれば高い方だが、これまでサステナブル・シーフードのメニューは最大50%超えを記録している。今後は自社内での拡大だけでなく、「他社でも同じ苦労、同じ課題に直面するはず」、だからネットワークをつくって協力したい、と福田氏は述べた。
ロイドレジスターの冨田氏は、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会による「持続可能な調達ワーキンググループ」のメンバーとして、調達コードの策定に携わってきた。
調達コードは、組織委員会への納入品と、ライセンスによりオリンピック・パラリンピックのロゴを使う商品が対象となる。全対象品が満たさなければならない、法令遵守や人権への配慮などの「共通基準」と、紙、木材、水産物など特定の対象物に適用される「個別基準」があり、基本的な考え方は2012年のロンドン五輪から踏襲されている。
オリンピックなどの大きなイベントは「それ自体は決してサステナブルなものではない」と冨田氏。むしろ期間中は環境に対して、大きなマイナスのインパクトを与える。そのマイナスを取り戻せるくらいのレガシーを生まないと、本当に持続可能な貢献とは言えない。
ではレガシーとは具体的に何か。「わかりやすいのは後々まで使える建物などハードのレガシーだが、大事なのはむしろ、しくみなど形のないソフトのレガシーだ」と冨田氏は述べる。
「ロンドン大会では、オリンピック・パラリンピックそのものよりも、後になってそれをきっかけに病院や学校など公共セクターが積極的にMSC認証品を導入したことが大きかった。こうした波及効果こそがレガシー」。しくみが横に展開していくことが肝心で、東京都や国、公共セクターを中心に、調達コードの内容をいかに引き継いでいけるかが問われる、と強調した。
ではその、本当のレガシーにつなげるには? ロンドンでは何がきっかけで「五輪後の加速」が起きたのか?
「イギリスでは、持続可能な魚種の増加がポイントだった」とギシュー氏が答えた。「日本でも同じことが考えられる。ただ、日本の市場規模はイギリスの6倍でポテンシャルも高いが、魚種が多く問題が複雑な難しさもある」。
その中でカギとなるのは、ひとつが「ビジネスの自信と信頼」だとギシュー氏。また消費者意識の変化だ。それがイニシアチブを増やすことにもつながる、と述べた。
現在日本でもMSC認証品の量は着実に増え、漁業法も改革が進み、期は熟しつつある。その中での手応えを問われて、パナソニックの福田氏が答えた。
「実感としては、まだ始めたばかり」としつつ、率直に「知らなかった」「美味しかった」「食べることで社会貢献できると思うとちょっとうれしい」といった感想を受け取ると言う。サステナブル・シーフードは「食べるべし」ではなく、楽しく美味しいものでなくては根付かない。だから「単に魚のマークがかわいい、といった感想もあるが、そこからのスタートでいいと思っている」と福田氏。
一方、冨田氏は「全体として関心が高まってきているのは事実」としつつ、消費者がサプライチェーンのサステナビリティを意識して行動する比率は、英米と比べて10~20ポイント低い、と指摘した。
話題がもっとマスメディアに出れば、認知も広がる。買う人も増え、それがビジネスの自信につながる。今はまだ、早くから取り組んでいる企業がなかなか初期負担へのリターンを得られない状況だと言う。「定着すればちゃんと利益は出る。その意味では消費者の意識が起点かもしれない」と語った。
ではどうすれば認識は高まるのか? ギシュー氏は「解決に取り組むには、まず問題があることに気づかなければならない。これが日本の課題では?」。魚が減って値上がりすると、やっと議論が始まる。自身の母国フランスでも、クロマグロの減少がきっかけとなって、大統領がコメントするなど水産物問題への認知が広がった、と答えた。
パナソニックのように「経営理念の中に社会貢献という言葉がある」企業でも、各部署や海外拠点の責任者といった関係者への説得は欠かせない。そうした活動がもっと困難な企業も多い。
しかし冨田氏が指摘したように、「SDGsのゴールはそれぞれが単品ではなく、互いに密接にリンクしている」。一見、魚とは接点のない企業でも、まわりまわって本業の活動が「海の豊かさ」につながっている。水産業に直接関わらない企業を含め、さまざまな活動をいかにつなげていくかがカギ、と述べた。
社員食堂にサステナブル・シーフードを入れるには、外部にも多数の関係者の協力がいる。その協力者たちは同時に、他社へ活動を広げられるネットワークでもある。つなげ、広げることで、レガシーを作っていけるのでは、と福田氏が加えた。
「今日のシンポジウムのような場は、日本にとって大きなきっかけになるだろう」とギシュー氏。「情報を、アイデアを共有し、協力していくことが大事。それによって、この国のポテンシャルを発揮していくことができるだろう」。司会からも「ネットワークを生かし、ワンチームとして先へ進めた成果を、また来年もここに集まって共有したい」と締めくくった。
花岡 和佳男
ファシリテーター
シーフードレガシー 代表取締役社長
フロリダの大学にて海洋環境学及び海洋生物学を専攻。卒業後、モルディブ及びマレーシアにて海洋環境保全事業に従事し、2007年より国際環境 NGOで海洋生態系担当シニア・キャンペナーとしてジャパン・サステナブル・シーフード・プロジェクトを立ち上げ引率。独立後、2015年7月に東京で株式会社シーフードレガシーを設立しCEOに就任。国内外のビジネス・NGO・行政・政治・アカデミア・メディア等多様なステークホルダーを繋ぎ、日本の環境に適った国際基準な地域解決のデザインに取り組んでいる。
・内閣府 規制改革推進会議水産WG 専門委員
・水産庁 太平洋広域漁業調整委員会 委員
・GSSI (Global Sustainable Seafood Initiative) 運営理事
・2019年 SeaWeb Seafood Champion リーダーシップ部門 受賞
ニコラ・ギシュー
スピーカー
海洋管理協議会(MSC) チーフ・プログラム・オフィサー
海洋管理協議会(MSC)の最高プログラム責任者であり、2002年からMSCに在籍している。その間、MSCが規模を拡大し、持続可能な漁業に向けたその取り組みが与える影響を拡大するにあたって、重要な役割を果たしてきた。
1994年に、フランスのビジネススクール、EDCを卒業した後、韓国のフランス商工会議所で、国際ビジネスのキャリアを開始した。1997年、フランス有数の水産加工会社であるシテマリン社の輸出マネージャーに任命された。
フランスの主要な漁業地域であるブルターニュ出身。環境や人々の生活への漁業の影響が増大していることに長い間懸念を抱いていた。そして、2002年に欧州大陸担当マネージャーとしてMSCに入職し、2007年にヨーロッパ地域担当ディレクターとなった。
海洋管理協議会の執行委員会のメンバーであり、現在、グローバルアウトリーチプログラム戦略の策定および実施の責任者を務めている。
福田 里香
スピーカー
パナソニック株式会社 ブランドコミュニケーション本部 CSR・社会文化部 部長
1986年 松下電器産業株式会社(現パナソニック株式会社)に入社
以降、人事・労政部門にて、パナソニックグループの賃金体系など人事処遇制度の企画・運営に携わる。
2002年には退職金・年金制度において日本初の体系を先行導入。これはその後の日本における制度体系の礎となる。
2010年12月から、東京の渉外部門で人事・総務を担当
2014年5月 ブランドコミュニケーション本部 CSR・社会文化グループ グループマネージャー
2015年4月 CSR・社会文化部 部長
冨田 秀実
スピーカー
ロイドレジスタージャパン株式会社 取締役
東京大学工学部物理工学科卒
プリンストン大学工学部化学工学修士修了
ソニー株式会社で、2003年のCSR部発足当初から統括部長を約10年務める。その間、ソニーグループへのCSRマネジメントの導入、情報開示、投資家やNGO等とのステークホルダーエンゲージメント、NGOとの連携プロジェクト、サプライチェーンマネジメントなどCSR全般の統括責任者を務める。その後、ロイドレジスターグループ入社を経て、現在、ロイドレジスタージャパン株式会社取締役。ISO 26000, ISO 20400, GRIスタンダード、東京オリンピック・パラリンピック持続可能な調達コード等、国内外の規格等の策定に多数参加。著書「ESG投資時代の持続可能な調達」(日経BP)