MSC・ASC認証例がまだ限られる日本で大きな役割を果たしているのが、漁業改善プロジェクト(FIP)と養殖業改善プロジェクト(AIP)である。その先駆的実践者4名が来場し、事例紹介と試食を提供した。
FIP/AIPは漁業/養殖業を一歩ずつ改善していく過程をプロジェクト化したもので、世界の漁獲量の約10%がFIP/AIPを実施する漁業によるものである。
東京湾でスズキ漁を営む海光物産は、東京五輪への出荷を目指してFIPを立ち上げた。混獲対策や「瞬〆」加工などで「価値のない魚を獲らず獲った魚の価値をさらに高めるバリューコントロール」を加速。「貯金がいくらか分からないまま高い買い物はできないのと同じ」と理解して科学的な資源管理に着手し、タブレット端末を船に持ち込み「大変だった手書きでの転記」をデジタル化して操業データを蓄積した。その次世代トレーサビリティーシステムは第1回ジャパン・サステナブルシーフード・アワードのコラボレーション部門大賞に輝いた。大野氏は、「認証は販売目的のツールではなく、本来は日本の水産物の持続性を高めるためのものであると同時に、漁業者自身を守るためのもの。漁業資源は大切な共有財産だから、行政や消費者を含め、皆が認識を深めることが重要だ」と語った。FIPによって同社は2年間でMSC取得レベルの6割まで達成しているが、周囲の漁業者や行政を巻き込むことが課題となっている。
北海道苫前町の小笠原氏は、親から引き継いだ伝統的な「樽流し漁」を紹介した。「いさり」と呼ぶ手作りの漁具を付けた樽を潮に流してタコを獲る漁で、小さな船で燃料代も1日5000円以下で済む。混獲がない上に最大40kgサイズのミズダコがかかる「技術が必要で面白い」漁法だが、それを消費者に直接伝えられる機会は少ない。生まれ育った大好きな漁村の過疎化も進んでいる。そこで小笠原氏は、タコ資源と漁村コミュニティーを守る活動を開始。2019年4月に町内27人の漁師が、水産試験場と漁協の協力を得てFIPを立ち上げた。現在は漁獲制限ルールを話し合っている。「苫前にできれば、おそらく、どこの漁村でも可能だ。思いを共有する方々と協力してFIPでタコ樽流し漁と苫前町をブランド化し、全国の沿岸小規模漁業がプライドを持って仕事ができる未来に貢献したい」と述べた。
和歌山県の那智勝浦で仲卸を営むヤマサ脇口水産は、マグロ減少に危機感を抱き、2013年に調達方針を発表。MSC取得を目指し、2017年からビンチョウマグロのFIPに取り組んでいる。効率のよい巻き網で獲ったマグロを扱えば収益は上がるが、資源への負荷を考えて「鉄の意志」で「食いしん坊しか餌を食わず100本の針の6本にかかれば良いほう」の延縄漁のマグロのみ扱う。岡本氏は、「商売に経済性は不可欠で、漁師さんが儲かって次世代につなげていける形にするには、魚価を上げる必要がある。サステナブルを謳う小売が、一方で育つ前のマグロを売るようなダブルスタンダードをやっていては駄目。日本の水産業界には本気のパラダイムシフトが必要だ」と熱く語った。FIPの成果については、自社ブランドの「もちビンチョウ」が、西友から結婚式場、ヤフーやグーグルの社員食堂にまで広がったと紹介した。
宮城県女川町で水産加工業を営むマルキンは、ギンザケ養殖業者でもあり、生産から出荷まで社内で完結してトレーサビリティーを確保している。先々代が世界のサケ養殖業の先駆者である同社も、近年は輸入サケとの価格競争に巻き込まれ、輸出を検討し始めた。そしてASC認証の必要性を知り、2017年にAIPを立ち上げた。現在、飼料のトレーサビリティーや工場の二酸化炭素排出量まで問われるASC認証の基準に沿って、改善を積み上げている。養殖場の溶存酸素量など毎日必要な測定には、遠隔監視できる機器を自己資金でIT企業等と開発し、3台目で継続的なモニタリングが可能となった。前年のTSSSでの発表を機に同業他社ともつながり、生産者の作業効率を上げる工夫を一緒に進めている。鈴木氏は、「FIPやAIPは過程である。流通小売の協力も得て、消費者にも、過程を認めて評価していただきたい」と述べた。
ファシリテーターを務めたシーフードレガシーの村上は、「FIPやAIPはMSCやASCの二番手ではない。認証基準に向けて改善を行い、流通・漁業者が皆で一丸となって持続可能性の向上を応援する仕組みだ。さらに応援いただければ浜はもっと元気になり認証数も増える」とまとめた。
後半は会場を移し、登壇者たちが資料や、自慢の海産物を使った軽食メニューを提供し、個別に実践者の詳しい話を聴ける時間とした。各所でサステナブル・シーフードを味わいつつ立ち止まって質問する来場者の姿が見られた。
試食会は入れ替え制で、待機中の来場者にはシーフードレガシーの松井大輔が、国内外の水産業界の動向などを解説。「全海洋生物23万種のうち4万種近くが生息するホットスポットでもある日本の海」を、実際に水産ビジネスの発展につなげるための改善案などを語った。
村上 春二
ファシリテーター
シーフードレガシー 取締役副社長
国際環境非営利機関 Wild Salmon Centerそしてオーシャン・アウトカムズ(O2)の設立メンバーとして日本支部長に従事した後、株式会社シーフードレガシー取締役副社長/COOとして就任。漁業者や流通企業と協力し、日本では初となる漁業・養殖漁業改善プロジェクト(FIP/AIP)を立ち上げるなど、漁業現場や水産業界そして国内外のNGOに精通しIUU対策などを含む幅広い分野で日本漁業の持続性向上に対して活動している。多くの国内外におけるシンポジウムや水産関連会議やフォーラムでの登壇や司会などを務めるなど、国内外で活動する。
・米国 Scaling Blue 運営委員
・水産庁養殖業成長産業化協議会 委員
大野 和彦
スピーカー
海光物産 株式会社 代表取締役社長
1959年 千葉県船橋市生まれ。
1982年 明治大学商学部産業経営学科卒業と同時に,父の経営する(株)大傳丸に入社。
1989年 同業の中仙丸さんと海光物産(株)を設立。
1993年 両社の代表取締役に就任。大傳丸は『漁魂』、海光物産は『KIWAMERO-命』をキャッチフレーズに掲げ、 “魚が本来持っている価値を最大限に引き出すこと”で魚食の普及と我が国の食糧自給に強く貢献することを目指す。
2014年 スズキの活〆神経抜きを『瞬〆』と命名し、『漁魂』とともに商標を登録する。『江戸前船橋瞬〆すずき』として千葉県ブランド水産物や全国プライドフィッシュ夏の魚に認定される。
2016年 資源管理型漁業への転換を訴え、日本初となるFIP(漁業改善計画)への取り組みを発表。伝統ある江戸前漁業を持続可能なものとするための活動を始める。
2017年 かねてより念願であった、「2020年東京五輪への江戸前海産物の提供すること」を可能なものとした。これまでの取り組みと、自身の半生を綴った『漁魂』~2020年東京五輪、「江戸前」が「EDOMAE」に変わる!と題した著書を発刊する。
2018年 海光物産(株)として、MEL(マリンエコラベル)ジャパン、生産段階認証及び流通加工段階認証を取得した。
岡本 直樹
スピーカー
株式会社ヤマサ脇口水産 営業部長
2009年より現職
株式会社ヤマサ脇口水産の営業部門を担当。
昔ながらの市場、小売企業、外食企業等対応企業の業種は多岐にわたる。
サスティナブルを資源面だけでなく、水産事業の事業継続も重要と考え、事業面、資源面の両方でサスティナブルを目指す。
鈴木 真悟
スピーカー
株式会社マルキン 常務取締役
宮城県女川町にて親子三代で、銀鮭・牡蠣・ホタテといった地元海産物を扱う水産加工会社を営む。昭和52年に銀鮭の養殖を手がけ、初めて事業化に成功した業界のパイオニア。
40年以上にわたり養殖生産から加工販売までを自社一貫して行い、トレーサビリティが確立された自社ブランド銀鮭「銀王」は量販店から外食チェーンまで幅広く扱われている。国内外に対して今以上に宮城県産の養殖銀鮭を発信するため「宮城女川銀鮭AIP(養殖漁業改善プロジェクト)」を立ち上げ、ASC認証取得に向けオーシャン・アウトカムズと協働して準備を進めている。
また、宮城県内の若手漁業者が中心となって「(一社)フィッシャーマン・ジャパン」を結成し、漁業・水産業のイメージ改革や人材育成も行っている。
水産業界の重要課題である後継者・担い手不足の改善を目指し、ITやアパレルといった他業種とのコラボレーションによる業界イメージの刷新や、生産者と消費者との交流イベントを通じての魅力発信に加え、地元中高生への授業や現場研修の受入れにも力を入れ、次世代の漁業者育成に取り組んでいる。
小笠原 宏一
スピーカー
北るもい漁協苫前支所 苫前いさり部会部会長
北海道北西部苫前町でタコ樽流し漁を営む漁師。
ミズダコの資源と共に、タコ樽流し漁や漁村の持続可能性を高めていきたいという想いを漁業改善プロジェクト(FIP)にのせて活動中。