水産物の世界三大市場のうち、EUと米国では、IUU(違法・無報告・無規制)漁業に由来する水産物の輸入規制を行っているため、違法な魚が規制のない日本市場に流入している可能性が高い。そのリスクをどのように克服すればよいのか。
最初に臼福本店(宮城県気仙沼市)社長の臼井壯太朗氏が日本の遠洋マグロ漁業の現状について報告。大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)によると、2019年の大西洋におけるマグロの総漁獲量34,590トンのうち日本の漁獲量は2,935.48トンで全体のわずか8.5%である。日別漁獲数量、操業終了届出、国外陸揚げ予定等、水産庁への詳細な報告が務付けられており、臼福本店では漁獲への電子タグ導入にも取り組む。転載、水揚げ時には厳格にチェックされ、違反には漁業ライセンス剥奪や刑罰の適用もある。マグロ解体時に電子タグが外された後は違法な漁獲との区別がつかない。「厳格にルールを守っている漁獲と違法漁獲を一緒にしないでほしい。世界一のマグロ輸入消費国として国内にトレーサビリティを確立すべき」と臼井氏は訴えた。同社ではMSC認証の取得も目指している。
この問題に早くから取り組んできたEUでは漁獲証明書がない水産物は流通させないルールが確立している。懸案であった証明書の電子化も昨年実現した。EUと協働するThe Nature Conservancy (TNC) のマルタ・マレーロ・マルティン氏は、EUと米国の輸入管理制度、ICCATを含む4つの多国間システムを紹介。これら6つの異なる制度に対応する漁業者やサプライチェーン関係者の事務負担は煩雑だ。IUU漁業者にとっては抜け道を見つけやすいという欠陥でもある。そこで、TNCは他の組織とも連携し水産物の適法性を判定しサプライチェーン内の各段階で追跡するために必要となる17の重要なデータ (KDE)を定義づけた。既存の輸入管理制度におけるKDEを比較研究し、2019年11月発行の報告書では制度間の標準化を勧告。「各制度が17のKDEを含むように調整し標準化することが重要」とマルティン氏は述べた。
米国では2018年に輸入水産物モニタリングプログラム(SIMP)を制定し、主要13魚種についてIUU漁業による水産物に対する輸入規制を開始。持続可能漁業コンサルティングNPO FishWiseのアシュリー・グリーンレイ氏は、ウォルマートによるブロックチェーン・パイロット・プロジェクトなど、米国小売企業のトレーサビリティの取り組みを紹介。多くの企業が電子的なトレーサビリティの仕組みを導入しているが、相互運用可能なフォーマットの欠如、データの不完全など課題は多い。5年前に設立されたSeafood Alliance for Legality & Traceability (SALT)では、トレーサビリティを担保するグローバルな仕組みを作るべく、業界、専門機関、政府機関が協力し、2019年にはウェブサイトも立上げた。「IUU漁業への対応には多くのステークホルダーの関与が必要。ゆっくりでも進めなければならない」とグリーンレイ氏は語った。
国としてIUU漁業由来の魚の輸入や流通を制限する制度のない日本市場では「流通している3匹のうち1匹の魚はIUU漁業によって獲られているリスクがある」というショッキングな推計を示したWWFジャパンの三沢行弘氏は、IUU漁業根絶に向けて、生産から消費までの一貫したトレーサビリティ(フル・チェーン・トレーサビリティ)の確立を訴える。WWFがサポートする国際的プラットフォームGlobal Dialogue on Seafood Traceability (GDST) には、60以上の企業が登録し、諮問機関として約100の組織が名を連ね、相互運用可能なトレーサビリティの標準作りに取り組んでいる。2019年にはGDSTと、世界の水産主要企業10社が海洋保全にコミットするSeafood Business for Ocean Stewardship (SeaBOS)との間でパートナーシップが発足した。「世界の企業は、日本がIUU漁業由来の魚の輸入や流通を防ぐための適切な制度を導入することを望んでいる。水産庁が進めている漁獲証明制度導入のための検討会でも、将来的には電子化によるフル・チェーン・トレーサビリティの確立を前提に、極力現場の負担を増やさずに信頼性の高いデータを幅広い関係者で共有できる仕組みの導入を働きかけていく」と三沢氏は述べた。
日本での漁獲証明制度の導入を考える前提として、食品需給研究センターの酒井純氏は、日本では漁獲報告が一部の漁業種類にとどまり、また、流通過程で水産物のトレーサビリティを確保する法的義務付けがないことを指摘。漁業者と荷受業者からのデータのクロスチェックを義務付けているEUとの違いを説明した上で、日本国内の漁獲報告制度の見直し、基礎的トレーサビリティの確保を提案した。また、日本が輸入時に独自の漁獲証明書を求める場合、輸出国側事業者や管轄機関の事務負担を増やす懸念もある。「制度間で漁獲証明書の様式がなるべく共通あるいは相互利用可能になるよう政府間で努力すべき」と酒井氏は述べた。
「制度導入前後の事業者の反応は?」と進行役の花岡和佳男氏から問われ、「10年以上前に規制ができたとき民間業者はハッピーではなかったが、今日では支持している。規制によって自分たちがIUU漁業から守られていると」(マルティン氏)、「米国では漁業組合が政府を提訴したが結局敗訴した」(グリーンレイ氏)との回答があった。「日本に規制がないがために違法水産物がどんどん流入してくる。このタイミングで日本が規制を進めることで漁業の持続性に取り組むことが重要」と三沢氏が述べ、「我々は10年前からKDE以上のことをやっている。国内の漁業者だけに厳しく、輸入品に対して規制がないのはおかしい。今、日本の漁業は衰退している」という臼井氏の言葉が切実に響いた。
花岡 和佳男
ファシリテーター
シーフードレガシー 代表取締役社長
フロリダの大学にて海洋環境学及び海洋生物学を専攻。卒業後、モルディブ及びマレーシアにて海洋環境保全事業に従事し、2007年より国際環境 NGOで海洋生態系担当シニア・キャンペナーとしてジャパン・サステナブル・シーフード・プロジェクトを立ち上げ引率。独立後、2015年7月に東京で株式会社シーフードレガシーを設立しCEOに就任。国内外のビジネス・NGO・行政・政治・アカデミア・メディア等多様なステークホルダーを繋ぎ、日本の環境に適った国際基準な地域解決のデザインに取り組んでいる。
・内閣府 規制改革推進会議水産WG 専門委員
・水産庁 太平洋広域漁業調整委員会 委員
・GSSI (Global Sustainable Seafood Initiative) 運営理事
・2019年 SeaWeb Seafood Champion リーダーシップ部門 受賞
臼井壯太朗
スピーカー
株式会社臼福本店 代表取締役社長
1971年宮城県気仙沼市生まれ。専修大学法学部法律学科卒業。大学卒業後、宮城県石巻市の海事会社に入社、その後日本鰹鮪漁業協同組合連合会(現 日本かつお・まぐろ漁業協同組合)に入社、スペイン カナリア諸島ラスパルマス駐在員を経て、1997年家業である漁業会社(株)臼福本店(創業1882年)に入社。2009年社団法人気仙沼青年会議所理事長。2012年(株)臼福本店5代目社長に就任。現在、全国鰹鮪近代化促進協議会会長(全国の遠洋かつお・まぐろ若手船主の会)。仕事の傍らボランティア活動として、気仙沼の魚を学校給食に普及させる会代表、水産庁お魚かたりべなど、全国の小中学校にて魚食普及活動も行っている。学生時代はフェンシングで'95 ユニバーシアード福岡大会出場。フェンシング元日本代表。
マルタ・マレーロ・マーティン
スピーカー
ザ・ネイチャー・コンサーヴァンシー(TNC) 国際海洋チーム海洋政策ディレクター
2016年からザ・ネイチャー・コンサーヴァンシーの海洋政策プログラムを指揮。環境法のスペシャリストとして10年以上国際またはEUの政策や法律により自然保護を行っている他、6年以上国際的なIUU(違法・無報告・無規制)漁業問題に取り組み、深海の保全のための画期的な法律制定を支援している。
スペインのマドリード・カルロス3世大学環境政策経営学修士、ベルギーのルーヴァン・カトリック大学エネルギー環境法学修士。
ザ・ネイチャー・コンサーヴァンシーは海洋とその資源の保全や持続可能な管理のために活動するアメリカ最大の自然保護団体。ヨーロッパ、アジア、北米、南米、オーストラリアを拠点に国際的な戦略を立案している
アシュリー・グリーンレイ
スピーカー
フィッシュワイズ ビジネスエンゲージメント・ディレクター
カリフォルニアを拠点とする非営利の水産コンサルタント組織であるFishWiseのビジネス・エンゲージメント・ディレクターであり、企業と提携して、シーフードサプライチェーンにおける環境、社会、トレーサビリティーの課題に取り組む。
ビジネス・エンゲージメント・ディレクターとして、アルバートソンズ・カンパニーズ、ターゲット・コーポレーション、ベネチアン・カジノ・リゾートなどの大手小売業者、シーフードサプライヤー、およびホテル経営者とともに、包括的で持続可能なシーフードプログラムの開発と実施を推進する。
ここ数年間は、FishWiseのトレーサビリティおよび社会的責任部門と緊密に連携して、違法、無届けおよび規制対象外の漁業、ならびに人権侵害のリスクを軽減するためのシーフード購入者向けのアプローチを開発する。また、FishWiseを代表して、食品マーケティング協会のシーフード戦略委員会のアドバイザーを務める。
モスランディング・マリンラボラトリーズで海洋科学の修士号を、またカリフォルニア大学サンタバーバラ校で水生生物学の理学士号を取得。
FishWise以前は、メキシコとカリフォルニアの漁師と協力し、スタンフォード大学とカリフォルニア大学シー・グラント・エクステンション・プログラムの共同研究プロジェクトを率いる。
三沢 行弘
スピーカー
公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン) シーフード・マーケット・マネージャー プラスチック政策マネージャー
企業等で国内外の事業の企画・推進に携わった後に、WWFジャパンに入局。人類が自然と調和して生きられる未来を築くことを目指し、国内外で海洋保全につながる活動を行う。
水産物取扱企業の事業活動の持続可能性を向上させるために、調達方針の導入支援や改善プロジェクト推進を行い、漁獲・養殖から食卓まで、サステナブルな水産物サプライチェーンの構築をグローバルに推進している。
また、「2030年までに世界で自然界へのプラスチックの流入を根絶する」というWWFのビジョン実現に向け、政策決定者や企業関係者に働きかけ、プラスチックの大幅削減を前提とした資源循環型社会の構築に向けても取り組む。
・水産庁 漁獲証明に係る新たな法制度に関する検討会 委員
酒井 純
スピーカー
食品需給研究センター
1968年生まれ。1998年より食品需給研究センター勤務、現在に至る。2002年から食品トレーサビリティシステムの設計・導入支援を担当。主に農林水産省消費・安全局や水産庁の補助や委託によるプロジェクトにおいて、食品や水産物のトレーサビリティに関する実態調査やガイドライン作成に関与。
これまでに携わった主な事業は以下のとおり。
● 宮城県産カキのトレーサビリティシステムの開発・実証および導入支援(2002年度。農林水産省補助事業)
● 食品トレーサビリティシステム導入の手引き」および品目別のトレーサビリティガイドライン(貝類、養殖魚、海苔など)の作成・改訂(2004-2007年度。農林水産省補助)
● 食品のトレーサビリティに関する食品関連事業者の取組状況及び意識調査、食品のトレーサビリティに関わる諸外国の制度調査(2011年度、農林水産省委託)
● 「輸出のための水産物トレーサビリティ導入ガイドライン」の作成(2017年度。水産庁委託)
● 漁獲・陸揚げデータ提供システム(CALDAP)の開発・実証(2018年度。水産庁補助)