全国の漁師町が後継者不足や収益低迷など課題を抱える中、宮城県、北海道、三重県から3人が登壇した。町や漁業をどうやって持続可能にするか。富山県・魚津の漁師町出身の藤田氏の進行で、それぞれの思いを語った。
南三陸町でカキ養殖を営む後藤氏は、2016年に戸倉地区の仲間と日本初のASC認証を取得した。その年のTSSSでは、「奪い合うのはもう嫌だ」と発言した。志津川湾のカキ養殖いかだの密集は長く課題だったが、減らし方が決まらなかった。東日本大震災で全て流されたことが「大量生産を辞めるチャンス」となった。ASC認証を目指し、漁業権の再配分という前例のないことをやった。「議論する場を設けて、何度もぶつかり合った。ダメならその時また考えよう、と全員の合意を得た。今は、いかだ50台を10台まで減らした人も前より儲かるようになり納得している。みんな『環境で飯が食えるか!』から『私たちは環境で食べている』という意識に変わった」。明日でなく100年後を見据える、それは「漁師としての生き方をガラリと変える」挑戦だった。「減産は漁師にとって恐怖だ。実際1、2年目は散々だったが、水産庁の『がんばる漁業』の3年間の支援制度に救われた」。結果的に生産性が上がり、売上が倍増。午前中で仕事が終わり日曜は定休と労働環境も改善し、地区の若返りも果たした。「企業による社員食堂での利用など漁師には思いつかないので非常にありがたい。戸倉という地域名がブランドになったことは本当に感動的。もっといいものを作ろうと思う」と後藤氏。買い叩かれることがなくなり、価格も安定している。ASC認証の3年ごとの更新には費用がかかるが、2019年春、満場一致で更新を決めた。
小寺(こでら)氏は、人口200人の菅島(すがしま)で海女をしている。江戸時代に「伊勢わかめ」と称された「糸わかめ」は天然ワカメを手作業で加工する。菅島に唯一残る生産拠点は15軒から4軒に減り高齢化も進む。「このままでは地域の伝統的な食文化が消えてしまう」。そこで、伊勢志摩の海女の漁獲物を証明する県の「海女もん」制度でブランド化を図った。「ウェブ販売は反応がすぐ見えて大変励みになる」。他にも芽ひじき入りのライ麦パンや、あおさ・ひじき入りのかりんとうを高校生などと企画開発した。1年間の養成講座を経て「三重県魚食リーダー」に認定され、今は料理教室も開催している。地域で食べきれない未利用魚を人口の多い都会に送る試みも始めた。
小寺氏は「磯や海底の環境悪化は深刻で、多くの約束事を定めて獲り過ぎないようにしている海女だけでは回復できない状況だ。身一つの海女漁は生と死が常に隣り合わせで、母性そのもの。日本女性最古の職業は、磯と家族を守り育むことだった。自然と社会の中で自立と共生をする不易流行と持続可能な海辺暮らしを、海女文化を通じて一緒に考えていただけたら」と語った。
茂木氏からマイクを受け取った客席の生田氏は、「都会生まれの女性が全く環境の違う地方に嫁いで行く。その順応力は女性ならでは」とコメントすると、小寺氏は「環境に対応できる力こそ持続可能につながっていくと感じている」と答えた。
北海道北西部苫前町(とままえちょう)で10年前からタコ樽流し漁を営む小笠原氏は、人口が約3000人に減ったふるさとの町を守りたいという思いから、漁業改善プロジェクト(FIP)に取り組んだ。タコ樽流し漁は、いさり(仕掛け)と樽を流し、タコのなわばり意識を利用して獲る伝統漁法。ただ、「ミズダコの生態は分かっていない。豊漁や不漁の理由も分からずに獲っているのは、すごく不安なこと」。FIPに取り組めば、資源が減って町の活気がなくなる負のスパイラルを防げるのではないか。しかし、漁業者27人の多くは「浜から出たことがない」。FIPの意義について小笠原氏は一軒ずつ回って説明した。「どうしても全員で始めたかった。宏一の言うことなら、と賛同してくれた人もいて、最終的に樽流し部会として覚書を交わせた。持続可能性は待っていてもやってこない。町を盛り上げ、若手も増やし、この小さな町でFIPのモデルケースを作りたい」。
茂木氏が「漁業は、まだまだイノベーションの可能性がある」と述べると、小笠原氏は、ドローンで樽を引っ張るアイデアを挙げた。そして、小さな漁師町のチャレンジや魅力的な漁法について「切実に、知ってほしい」と繰り返した。
後藤氏も「昔は海の底からわいてくるように魚がいたが、今は違う。現場の漁師は大変な思いをして獲っている。ぜひ漁業の現状を知ってもらいたい」と述べた。
藤田氏は、認証やFIPやまちづくりがうまくいくポイントとして、「思いの共有」「科学的な裏付け」「環境・社会・経済が成り立つこと」の3つを挙げた。
茂木氏は「素質や才能は全国平等に分布しており、地方は自立的に意思決定ができる。中央の国は、その支援を。消費者も漁師町に思いを馳せて」とまとめた。
藤田 香
ファシリテーター
日経ESG編集 シニアエディター& 日経ESG経営フォーラム プロデューサー
魚の街、富山県魚津市生まれ。東京大学理学部物理学科を卒業し、日経BPに入社。「日経エレクトロニクス」記者、「ナショナルジオグラフィック日本版」副編集長、「日経エコロジー」編集委員などを経て現職。富山大学客員教授、聖心女子大学非常勤講師。ESG経営やSDGs、生物多様性・自然資本、地方創生などを追っている。環境省のSDGsステークホルダーズ会合委員や自治体の有識者委員なども務める。著書に『SDGsとESG時代の生物多様性・自然資本経営』など。
後藤 清広
スピーカー
宮城県漁業協同組合 志津川支所 戸倉出張所 戸倉カキ部会 部会長
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小寺 めぐみ
スピーカー
三重県漁協女性部連合会 鳥羽磯部漁業協同組合 菅島支所女性部
海のない岐阜県加茂郡出身。環境とビジネスの両立を学ぶ立命館大学経営学部環境・デザイン・インスティテュート(当時)を卒業後、システムエンジニアとして愛知県の企業に就職。夫の事業承継を機に、三重県鳥羽市菅島へUターン移住。海女漁の操業をし、生活も仕事も人生の一部、自然と社会の中での自立と共生の在り方が「海女(海女文化)」と感じている。母・妻・嫁の他に、漁村女性の自分に何ができるか、地域の資源を守りながら生かし、小さな経済を周し続けるにはどうすべきか、考えながら試み、魚食普及のための料理教室、海女漁獲物のブランド化や6次産業化に取り組んでいる。全国漁協女性部連絡協議会「フレッシュミズ部会」、水産庁「海の宝!水産女子の元気プロジェクト」最年少一期生メンバー。三重県魚食リーダー。男女双子の二児の母。
小笠原 宏一
スピーカー
北るもい漁協苫前支所 苫前いさり部会部会長
北海道北西部苫前町でタコ樽流し漁を営む漁師。
ミズダコの資源と共に、タコ樽流し漁や漁村の持続可能性を高めていきたいという想いを漁業改善プロジェクト(FIP)にのせて活動中。
茂木 健一郎
スピーカー
脳科学者/作家/ブロードキャスター
ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学、日本女子大学非常勤講師。 1962年10月20日東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。専門は脳科学、認知科学。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに、文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。2005年、『脳と仮想』で、第四回小林秀雄賞を受賞。2009年、『今、ここからすべての場所へ』で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。