TSSS2019

B-5 IoTで価値創造 スマート漁業が変革をもたらす

B-5 IoTで価値創造 スマート漁業が変革をもたらす

なぜ神恵内(かもえない)村は陸上養殖の導入に踏み切ったのか 

近年、IoT技術を活用して、社会課題の解決や地域活性化を目指す事例が増えている。本セッションでは3つの事例が採り上げられ、第1部では、富士通の養殖管理システムを導入した北海道神恵内村の事例が紹介された。

「神恵内村はかつてはニシン漁で栄えたが、まずはニシンが、続いてスケソウダラが獲れなくなり、ウニやナマコ、アワビを獲る沿岸漁業が中心となった」と、高橋昌幸村長は説明する。だが、その後、磯焼けで餌の海藻が激減したため、神恵内村は養殖業への転換を模索。漁業者の人口減少・高齢化に加えて、波の荒い日本海は養殖には不向きであること、また閉鎖式で環境や餌を制御できる陸上養殖であれば安定的な生産が見込めることから、国内外の需要が高まっているウニとナマコの陸上養殖を2018年にスタート。

2018年には同プロジェクトに富士通が加わり、『Fishtech養殖管理』(以下、Fishtech)の実証が開始した。

 

 

ICT活用で地方再生と食料生産の問題を解決

Fishtechは、センサー・カメラをIoTでつなぎ、生簀の中の生体をリアルタイムで管理するという高度な養殖管理の仕組み。それによって、ウニやナマコを1年中出荷できるようにし、新たな雇用を生み出して地域振興の起爆剤とすることを狙ったものだ。

そのコンセプトが認められ、2019年度グッドデザイン賞を受賞。「ウニやナマコを養殖で増やせば、海の資源も復活し、漁業者の収入や雇用も拡大して地域活性化につながる。ICTを活用した養殖により、地方再生と食料生産の問題を同時解決していきたい」と、富士通デザインの國村大喜氏は語る。

現在、神恵内村では、隣の岩内町(いわないちょう)と泊(とまり)村とともに地方創生事業として設立した地域商社KIT BLUE(キットブルー)を核として、生産から加工・販売までを網羅した新たなサプライチェーンの確立を目指している。「村民850人の小さな村だからこそ、大いなる挑戦を続けたい。5年後にはウニの売上目標5億円、漁業者の所得10%向上を達成し、陸上養殖のトップランナーとなりたい」と高橋村長は力強く語った。

 

 

センサー付きブイで“海の見える化”を実現

続いて第2部では、NTTドコモとKDDIのソリューション事例が紹介された。

NTTドコモの『海の見える化ICTブイソリューション』は、海にセンサー付きブイを浮かべてデータを収集し、その情報をクラウドにアップして、漁業者がモバイル端末で見られるようにしたものだ。

「このソリューションを開発したのは、東日本大震災の復興支援の際、海苔やカキの養殖業者の方々から、『津波や地盤沈下で海の状態(海水温や塩分など)が変わってしまったので、スマートフォンで簡単に見えるようにしてほしい』といわれたのがきっかけ」と、NTTドコモの山本圭一氏は振り返る。

開発に当たっては、漁業者が抵抗なく使えるよう、スマートフォンの操作画面を工夫。直感的に使えるシンプルなデザインを志向し、掲示板や作業記録の機能も盛り込んだ。現在の導入実績は全国で約30件。衛星データや気象情報をスパコンで高速処理し、広範囲で海水温などを予測する「海況シミュレーション」の機能も新たに追加し、来年度には商用化する計画だ。

「当初は、このシステムで“海の見える化”を実現し、作業効率アップや漁場の分析などをしていただくことを考えていた。だが、今は“見える化”により予測や推定を行い、新しい生産手法の開発や働き方改革につなげられるのではないかと考えている」と山本氏は語った。

 

 

養殖デジタル化で小浜名産サバを復活

一方、福井県小浜市と連携して、サバ養殖場へのIoT導入を進めているのが、KDDIだ。

かつて小浜のサバの水揚げは年間3,500トンを数えたが、近年の漁獲量は年間1トンに満たない。「小浜の代名詞ともいえるサバを養殖で復活させよう」との計画が持ち上がったが、サバは繊細な魚で、夏の高水温や病気に弱く、養殖には不向きとされてきた。経験とカンに頼って、夏場に餌をやりすぎると、サバが消化不良を起こして死んでしまうことも多かった。

そこで、小浜市はKDDIに協力を求め、水温と与える餌の量の関係を明確化するためIoTソリューションを導入した。これは、生簀にセンサーを入れて、1時間ごとに海水温や塩分、酸素濃度などを計測し、漁業者がタブレットで確認できるようにしたもの。これまでは手帳に記録していた生簀ごとの給餌計画もタブレットに表示し、その日に与えた餌の実績値を入力。これらのデータをクラウド経由で収集し、リモートで可視化・ノウハウを共有できるようにした。

 

 

IoT導入成功の鍵は「漁業者が使いやすいシステム」

だが、IoT導入にあたって、障壁がなかったわけではない。「当初、漁業者の間では『(システムを使いこなすのは)絶対無理。従来通り、鉛筆とファックスでやらせてほしい』という声も根強かった」。そう語るのは、小浜市の畑中直樹氏(写真右)。だが、「KDDIには生産者の目線から、漁業者が使いやすいシステムを作っていただけた。それが壁を突破する大きなきっかけになった」と畑中氏は振り返る。

「IoTやデータを駆使して給餌管理のノウハウをデジタル化し、広く共有できるようにすれば、小浜の漁業をサステナブルなものにすることができる。それが我々の目指すゴール」と、KDDIの石黒智誠氏。「今後は、消費者にも養殖の現場をリアルに感じてもらい、生産者の思いと消費者の思いをつなげたい」と熱く語った。

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